2006)平成18年7月25日 No.2701回 2006〜2007年度(第4回会報)

会員数 102名  出席者 59名  出席率 68.6%  前回修正出席率 68.6%

新入会員紹介(藤井昌一会員)

 本日御入会される日本生命宇都宮支社支社長 多田村佳史様を御紹介させて戴きます。推薦者は喜谷辰夫会員と私です。お生まれは山口県です。昭和33年11月4日の47才でいらっしゃいます。御自宅は東京荻窪で奥様と3人の御子様がいらっしゃいます。はじめての単身赴任です。宇都宮市一条4丁目にお住まいです。単身赴任の会の方々には御指導の程宜しくお願いします。趣味はゴルフでラウンドは50回以上あられるそうです。どうぞ宜しくお願いします。

多田村 佳史(ただむら よしふみ)さん

日本生命宇都宮支社 支社長

住所:宇都宮市一条4丁目4-31 NARABU弐番館201

家族:奥様、朋美様、明弘様、昴史様の3人の御子様

趣味:ゴルフ

推薦者:藤井昌一会員、喜谷辰夫会員

所属:ニコニコBOX委員会

 

 

会長挨拶(北村光弘会長)

 本日は前年度、関口副会長として御礼をさせて戴きます。又、本年度会長エレクトとして宜しくお願いします。

幹事報告(石島 洋幹事)

 本年度前期分会費の請求をさせて戴いております。もうすでに御入金を戴いていらっしゃる会員の方もございますが、まだの方はなるべく早く御入金の程宜しくお願いします。会費12万円+米山記念奨学会寄付1万の13万円を請求させて戴いております。なにとぞ宜しくお願いします。会社の支社長さんの引き継ぎの際、入会金2万円を戴いております。会費はロータリー会計年度7月から6月です。杉山様の御家族から丁寧なお手紙が届いております。香典返しとして選べる物を戴きました。事務局用に電子辞書を選ばさせて戴きました。御報告させて戴きます。

ニコニコBOX委員会(柴田彰夫委員)

C、G合同テーブルミーティング残金

プログラム紹介(プログラム委員会 青木直樹委員長)

 本日は会員卓話です。稲野秀孝会員にお願いしております。稲野さんは今年1月に御入会されました。プロレスと格闘技という題で楽しいお話をお願い致しました。どうぞ宜しくお願いします。

 

 

卓話「プロレスと格闘技」

                       稲野秀孝会員

 私は宇都宮ロータリークラブに入会させて戴いて6ヶ月たちましたがようやく雰囲気に慣れてきて会員の方々ともお話をさせて戴く機会が増えてきて大変入会出来た事が有難く誇りに思っています。本日プロレスと格闘技という題でお話をさせて戴きます。

 簡単に自己紹介をさせて戴きます。私は昭和30年生まれで51才です。現在宇都宮市今泉町の八坂神社の南側の所で内科を開業しております。開業して10年になります。専門は呼吸器科、アレルギー科を専門としております。最近、睡眠時無呼吸症候群という病気が脚光を浴びております。10秒以上呼吸が止まったのが1時間に6回以上あるのが睡眠時無呼吸症候群です。

 この病気はその間だけ首をしめられている状態と同じです。この病気が怖いのは心筋梗塞、狭心症になりやすく朝起きた時一番だるいです。よく交通事故を起こしやすいといわれています。これは簡単に検査ができます。治療は機械を口にあてて戴きますとこの症状は治ります。

 プロレスと格闘技ですが、私は45年位の観戦記があります。ただのファンとして見ています。家には300冊からの400冊位のプロレスの本があります。すべてカバーをかけて奥の方においてあります。プロレス試合、格闘技の試合を見に行きます。特にプライドを見に行きます。試合を見る時は流れがありますので第一試合から見ていきます。今年1月AWAのチャンピオンのニックボックウィンクルという外国から来たプロレスラーを見に行きました。ニックボックウィンクルがプロレスとはなにかと聞かれた時に「相手がワルツを踊るならワルツを、ジルバを踊るならジルバを踊るのがプロレスだ」という事を言いました。つまり相手に合わせるという事です。とにかくアマチュアレスリングの基礎をしっかりしたものをもっています。私は家族にプロレスの良さを話すのですが何の反応も示してくれません。全くの孤立無援です。日本におけるプロレスは、昭和26年位に今の東京タワーのそばにシュライナースクラブがあったそうですが駐留軍を訪れたのが始まりと言われています。力道山がそこに遊びに行きプロレス入りを決めました。昭和25年二所ノ関部屋で関脇まで昇進していたのを自らまげを切り廃業してアメリカに修行に行きました。アメリカでは260試合をして負けたのが5回だけでした。昭和28年に日本に帰り日本プロレスを設立し、昭和29年には木村政彦戦がありました。その後、シャープ兄弟、ルーテーズ、フレッドブラッシー、ザ・デストロイヤーと戦いました。又、力道山はワールドリーグ戦を開催して大変なプロレス人気を博しました。昭和38年12月15日に亡くなるまでがんばりました。昔は必殺技やニックネームがありました。東洋の巨人 ジャイアント馬場、十六文キック、燃える闘魂 アントニオ猪木、コブラツイスト、鉄の爪 フリッツホンエリック、魔王 デストロイヤー、四の字固め、人間発電所ブルーノサンマルチノ等素晴らしいコピーがありました。丁度、大学の時今から30年前大きな試合が実現しました。昭和57年6月23日、アントニオ猪木とモハメド・アリの格闘技世界一決定戦が行われました。モハメド・アリのファイトマネーは9億3千万円でした。リングサイドチケットは30万円で飛ぶ様に売れたそうです。私自身、手に汗をにぎって見ておりました。

 アントニオ猪木は非常に野心家で政治活動をしたりしました。又、スキャンダルも多くありました。プロレスの地位を上げたい、ジャイアント馬場と出世争いに勝ちたい、有名になりたいという気持ちが強かったのではないかと考えます。これが今の総合格闘技の原点と言われています。今、格闘技は日本ではブームになっております。K1、プライド等です。K1はキックボクシング的なものです。プライドは寝技も認められていてより実践に近い競技です。ヒクソン柔術は決まった段取りがあります。相手に組みついて後に廻って倒して、上になって相手を後側に向けた所を倒すというきれいな流れがあり決して暴力的にならず相手を仕留める、そういう格闘技で感激しました。ヒクソン・グレイシーの人格も素晴らしいと思いました。猪木選手も馬場選手も引退してプロレスラーは格闘技と戦って負ける、もはやプロレスラーは最強とは誰も信じなくなって来ております。私が思うにプロレスはやはり受け身だと思います。一方、格闘技は攻める事なのです。勝負です。良い試合をしても負けてはいけないのです。格闘技が戦争だとするとプロレスは外交だと私は思っております。昭和における日本のプロレス、力道山、猪木、馬場選手の心はいったい何なのか考えますと私は反骨精神だと思います。

 大変独断的にマニアックな話をしまして大変恐縮でしたが最後まで御静聴ありがとうございました。

 

 

 

 

 

会報委員 渡辺 健夫 会員

写  真 野田 正敬 会員

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