2007平成19327 No.2733回 20062007年度(第36回会報)

会員数 101名  出席者 52名  出席率 65.3%  前回修正出席率 65.3

幹事報告(石島 洋 幹事)

 3月25日PETS作新学院大学での雨の中のお手伝い戴きまして誠にありがとうございました。お蔭様で滞りなく、さすがに宇都宮ロータリークラブだと言うご意見を戴きました。雨の中、外に立って戴いた方には申し訳ありませんでした。本当にありがとうございました。その中で数々の問題点がありました。

清原工業団地の方から入ってこられた方は、迷われた様です。又4月30日は、550名の方がいらっしゃいますので、今度は駐車場の内部にはっきりと誘導しないとおそらく混乱するであろうと思われます。食事については、550名一度に食事をするという事で今の所お弁当で対処しようと学生食堂内部の上下を全て使用する方向で準備に入っております。4月30日は、ご足労を願うと思いますが、是非宜しくお願い申し上げます。

退会の届けがきております。鹿島建設・柳田正会員、大和證券・正田郁夫会員、日本生命・多田村佳史会員の御三人が転勤と言うことで退会届を戴いております。5月20日(日)宇都宮のクラブ対抗ゴルフコンペがあります。陽北ロータリークラブの担当です。宇都宮カントリーで行われます。後ほど皆様の方にご連絡を差し上げたいと思います。奮って御参加の程お願いします。昨年は優勝をのがしましたので今年はベストメンバーを揃えて優勝を目指したいと思いますのでどうぞよろしくお願いします。

私事で申し訳ございませんが、私の父が本日卓話をする予定でしたが、土曜日に急に左半身が麻痺しまして脳血栓で入院しました。2週間ほど入院してリハビリをして様子をみると言うことでなんとか元気でやっております。本日はピンチヒッターで藤井清会員に卓話をお願い致しました。どうもありがとうございました。

ニコニコBOX委員会(ニコニコBOX 岡崎義胤副委員長)

誕生祝:宮本隆昌会員

奥様誕生祝:藤井清会員

矢嶋昭司会員:PETS 早朝より多数のお手伝い下さいましてありがとうございました。実行委員長でも何も出来ず申し訳ありません。

プログラム紹介(プログラム委員会 青木直樹委員長)

 本日は、石島吉造会員にお願いしまして「ロータリーの先輩達」と言うお話を戴く予定でしたが急遽ご入院と言う事で本当に困ったのですが、困った時の藤井さんと言う強い味方で卓話を引き受けて戴きました。先日のPETSと重なってしまいましたが、宇都宮城がこけら落としをして蘇って参りました。その会長になっていらっしゃる藤井清会員に「宇都宮城について」のお話を戴きたいと存じます。どうぞ宜しくお願いします。

 

卓話「宇都宮城について」藤井清会員

 皆様今日は。例のお城の問題につきましては皆様方に大変いろいろお世話になりました。又ロータリークラブより沢山の桜の木をご寄付戴きましてありがとうございました。今年は、天候が桜の時期になったら寒くなり思ったほどではなかったのですが、ロータリアンのご寄付によって今はだめですが、10年経ったら立派な212本の桜が咲くと思います。そして、3種類の桜を植樹しています。3月の中旬から順に咲く様になっております。4月いっぱい位までは、桜を観賞できる様になっております。いずれにしましても皆様方にお城の修復につきましていろいろな方にご支援を戴きました。清明台、富士見櫓の二つの櫓と土塁、土塀等を復元しました。あとは城門、裏門、御成御殿まで復活出来れば年数はかかると思いますが、何とか後輩の方々に引き継いで推進して行きたいと思います。1000年の歴史があるのは二荒山神社です。このお城の歴史が1000年弱です。1000年の歴史があるのは、二荒山神社とお城だけですので、何とかこれが復活していけば宇都宮のシンボルになるのではないかと思います。御成御殿は京都の二条城と名古屋城と宇都宮城と全国3ヶ所と言う事になっております。宇都宮城はすっかり焼かれてしまいましたので、襖から全て復活するのは大変な事になります。時間がかかると思います。宇都宮城の場合は、中は高価なものはおかないので1000年の歴史の中でどういう風にやっていったら良いかアニメーション等で短編の物で宇都宮の歴史を知って戴く様な仕掛けをやっていこうと検討しているところです。宇都宮城は平安時代に建てられたとされ戊辰戦争で焼失後堀も埋められ御本丸公園となりました。2003年に市が市制110周年記念事業として整備を開始し高さ約10メートル、長さ230メートル、幅20-40メートルの土塁内には城や市内の案内施設と防災用の備蓄庫が設置されます。本日はとりあえず宇都宮城主の移り変わりをお話させて戴きます。1藤原宗円 2藤原宗綱 3宇都宮朝綱 4宇都宮業綱 5宇都宮頼綱 6宇都宮泰綱 7宇都宮景綱 8宇都宮貞綱 9宇都宮公剛 10宇都宮氏綱 11宇都宮基綱 12宇都宮満綱 13宇都宮持綱 14宇都宮等綱 15宇都宮明綱 16宇都宮正綱 17宇都宮成綱 18宇都宮忠綱 19宇都宮興綱 20宇都宮尚綱 21宇都宮広綱 22宇都宮国綱

江戸時代は、浅野長政 蒲生秀行 大河内金兵衛 奥平家昌 奥平忠昌 本田正純 奥平忠昌 奥平昌能 松平忠弘 本田忠平 奥平昌章 奥平昌成 阿部正邦 戸田忠真 戸田忠余 戸田忠盁 松平忠祗

松平忠怒 戸田忠寛 戸田忠翰 戸田忠延 戸田忠温 戸田忠明 戸田忠怒 戸田忠友 47名の殿様方で活動された方々です。明治維新後は、戸田友ゆきと言う人が一番目の知事で明治2年から担当されました。明治5年までは戸田さんが知事扱いはそれに準ずる形で行政をみていたと言う事です。その戸田さんの時代に宇都宮東京間の乗合馬車が宇都宮から出る様になっていました。あと少しの間、郡単位で県全体を6に分けて区長をおいて行政をしておりました。明治10年代まではその様な形で運用されていました。明治21年に町制が施行されまして最初は町長そして明治29年からは市制が施行されまして宇都宮市長となりました。丁度町長やって市長された人は、矢嶋なかさんと言う人です。宇都宮市長から数えて今の佐藤栄一市長は第17代になります。期間は134年位です。特に私が強調したいのは宇都宮氏は、藤原氏の系統です。宇都宮氏の歴代の殿様は、二荒山神社を背にしょって宗教と行政を両方使分けしながら土地に定着してきたという風な経過をたどっています。3代目の宇都宮朝綱の時に平清盛が強くなりました。朝綱の妹は源頼朝の乳母を勤めていて御白河天皇の警護の武士として京都に勤めていた様です。平家の監視下におかれた様です。隙を見て逃げて来て源頼朝が旗を上げた時に源頼朝の元に帰ってきたと言う事で、それからずっと鎌倉の御家人になってきたと言う経過です。この頼綱以降は鎌倉幕府の御家人としてやっていく方向でした。源義経が奥州に逃げてきて藤原氏にかくまってもらったのですが、その藤原氏を征伐する為に源頼朝が奥州遠征した時二荒山神社に戦勝祈願しました。成功した時二荒山神社に祈願しました。奥州から連れてきた人を二荒山の神宮として源頼朝が置いていきました。その息子と二代に渡ってつかえました。いろいろな事がありまして5代宇都宮頼綱は隠居して京都に住み藤原定家と親しい間柄になって藤原定家の長男に自分の娘を嫁がせていますので宇都宮氏が京都歌壇

鎌倉歌壇、宇都宮歌壇当時の3歌壇に数えられる様になったのは、この頼綱以降の事です。7代の景綱もかなり歌を作っております。しんしき和歌集は、二荒山神社から発行され、今県博物館に原本があります。約750位の歌が収録されています。江戸時代には本田正純と言う人が2年8ヶ月宇都宮城主をされたのですが、この人がものすごい勢いで土木工事・建築工事をされました。家康が亡くなった後東照宮の建設の総奉行を務めましてそれが終わって宇都宮の大名15万5千石できました。ものすごい働きをしました。が後に秋田県横手に左遷されました。現在横手に本田正純氏を学ぶ会が出来ていて、大変熱心な人達がいまして今度の城主まつりに40名位お越し戴きました。宇都宮氏は長年に渡ってかなり広い範囲で活動していたという事です。語り尽せない宇都宮の歴史があります。これからいろいろな方に宇都宮1000年の歴史について少しでも知って戴いて又良い伝統については、我々が復活して宇都宮城を全国の人達に知って戴く体制にもっていきたいと思います。これで終わりとします。どうもありがとうございました。

 

「会長エレクト研修セミナー」   3月25日  実施場所:作新大学

 

  

 

 

 

会報委員 野田 正敬 会員

写  真 小針 務  会員

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