2007平成1958 No.2738回 20062007年度(第41回会報)

会員数 98名  出席者 6名  出席率 78.6%  前回修正出席率 78.6

ビジター紹介(親睦活動委員会 松井公彦委員長)

伊藤永峯様(宇都宮西RC

小室明男様(ゲストスピーカー) 

Mr. Paul Bippen  Mr. Bryan Callier  Ms. Alisa Kaylor  Ms. Laura Garrett Mr. Dareyl Neher(GSE)

会長挨拶(北村光弘会長)

GSEのメンバーの方々、ようこそ宇都宮ロータリークラブにお越し下さいました。詳しくは、後ほどご説明があると思いますが、一言挨拶を申し上げます。最近、環境問題・格差問題とかいろいろ大きな問題が出てきています。もっと親密に国際交流と相互理解を図ればいいなと思っております。

430日に行なわれました地区協議会の御礼を申し上げます。当日は早朝より約600名位集まって戴きました会員の方々のご協力を得まして本当にありがとうございました。近藤次年度ガバナーにも喜んで戴きまして、これもひとえに皆様方のご協力の賜と感謝しております。特に会場を提供して戴きました作新学院大学諸富学長先生、作新学院上野隆宏校長先生には大変お世話になりました。篠崎地区幹事さん、石島洋幹事さんには、600名の人員の準備をして戴いて本当にありがとうございました。改めて感謝致します。それと石島吉造会員が軽い脳血栓で1ヶ月強入院されていて先日御退院されました。私の方からお見舞を石島幹事さんの方にお渡しいたします。

幹事報告(石島洋幹事)

430日地区大会では、大変お世話になりました。600名以上のロータリアンが来られました。用意したお弁当は13個残りました。パストガバナーからさすが宇都宮ロータリークラブだとお褒めのお言葉を戴きました。本日インディアナ州からお越しになった方々を紹介させて戴きます。GSEとは、グループスタディーエクスチェンジと言いましてロータリーインターナショナルで定められた4週間に渡ります地区相互の訪問、職業を勉強すると言うプログラムです。インディアナ州は、栃木県と友好姉妹県になっております。第6580地区はインディアナ州南部に有り34のロータリークラブがあります。ちなみにリーダーのポールさんは、藤井会員のところにホームステェイされています。

 

Paul Bippen (ポール・ビップン チームリーダー)

栃木県とインディアナ州が姉妹都市になって7年になります。私はコロンブスという所に住んでいます。ベロイト・カレッジと言う私立大学の勤務を経て、大規模大学のインディアナ大学でキャンパスCEOとして勤務し35年の勤務の後2005年名誉学部長として引退しました。妻と(Pat)と三人の子供がいます。私の日本訪問は今度が3度目です。GSEのリーダーとして参りました。旅行が趣味で、自転車でアメリカの西から東を2回横断しました。GSEプログラムは、若い専門家とその家族が国際理解と人間同志のより良いつながりを促進するために、それぞれの違いや類似性学ぶ為にできたものです。このプログラムはとてもうまく機能していると思います。それゆえこのプログラムを助けることでロータリーや皆様の為に働く事は、私の名誉です。宇都宮ロータリークラブの暖かいおもてなしを感謝致します。

 

Bryan Collier(ブライアン・コリアー)

私は、プライアン・コリアーと申します。私はインディアナ・ポリスで生まれましたが、インディアナ州アーティンスビルで育ちました。1995年妻(オードリー)と会社ビジネスを広げる為マーティンスビルに戻って来て最近会計学の分野での経営学修士(MBA)を終了しました。ムーアースビルにすんでいるボランティアの消防士でした。資格(First Responder Firefighter Class U,Firefighter T)を取得しました。私の最高の家族は妻(オードリー)と三人の子供(ブリアンナ、ジョナサン、モリー)です。日本への旅行と言う機会を支持してくれた家族に感謝してます。

Alisa Kaylor (アリーサ・ケイラー)

アリーサ・ケイラーです。私は35歳です。インディアナ州エバンスビルの生まれで現在チーフ・アドミニストレイティブオフィサーとして仕事をしています。私はインディアナ大学で歴史と人類学の学士号を取り、北イリノイ大学で人類学の修士号を取りました。私は海外旅行が好きで訪れた国は27国になります。私は、ロータリーインターナショナルの2007年のGSEチームの一員となる一生に一度のこの機会を大変名誉に思っています。これは私の友達です。これは私のアパートです。200年以上も前に建てられました。このアパートには、7つの部屋があります。日本に来てとても嬉しいです。日本の文化にとても興味があります。私の日本語わかりましたか?

Laura Garret (ローラ・ギャレット)

ローラ・ギャレットと申します。25歳です。栃木に来てとても嬉しいです。インディアナ州コロンバス市で生まれ育ち現在住んでいます。私はコロンバス市の公園リクリェーション部のデザイン・計画建築部門で働いています。私は、五人家族の中で育ちました。父は弁護士で、母は病院で働いています。妹(メアリー)は、障害者にスキーを教えています。兄(ジョン)は、コロンバスで小学校の先生をしています。私はクリントと結婚して二年になります。クリントは、車の排気システム会社のエンジニアです。私の趣味はバックパッキング、旅行、ハイキング、自転車、園芸、美術、クラフトです。日本で新しい友達をたくさん作りたいです。ご静聴ありがとうございました。

Darryl Neher(ダリル・ネハー)

はじめまして。私の名前はダリル・ネハーです。私はブルーミントンにあるインディアナ大学ケリービジネススクール(経済学部)の教員として働いています。ビジネスコミュニケーションプログラムの教員になる前は、ケリースクールのMBAプログラムでリーダーシップの開発機関の副ディレクターをしていました。私の仕事はEXCEL DVと言うコミュニケーションコンサルティング会社の経営者です。現在インディアナ州ブルーミントンに妻(ジャネット)義理の子供(ディック)と(エイカ)と住んでいます。ゴルフ・アメリカンフットボールが趣味です。どうぞ宜しくお願いします。

近藤隆亮次年度ガバナー挨拶

皆様今日は。430日最後のオフィシャル研修会は、来年に向けての研究会でございまして無事終了いたしました。今年311日から始まり325日ペッツ、430日地区協議会となったわけですが、特に今回の地区協議会は600名の大きなイベントでした。無事終了出来ました事を厚く御礼申し上げます。これだけの人をタイムリーに機能的に受け入れて戴く施設を提供して戴きました作新学院大学には、厚く御礼申し上げます。ご出席戴いた役員の方々から、さすが宇都宮ローアリークラブと高い評価を受けました。これから来年度に入りますと9月と来年12回会長・幹事会、来年4月地区大会がございます。これらについてホストクラブとして宇都宮ロータリークラブにお世話になると思います。それと合わせて宜しくお願いします。

篠崎昌平次年度地区幹事挨拶

3月から始まりました一連の次年度の為の研修セミナーが当クラブ実行委員会・会員の皆様の多数のご協力によりまして無事終了できました。本当にありがとうございました。7月から近藤ガバナー年度が始まります。50クラブの公式訪問が始まります。これにつきまして皆様のご協力を戴く事になりますが宜しくお願いします。513日今年度地区大会が栃木において行なわれます。是非、多数のご参加をお願いします。

ニコニコボックス委員会(ニコニコボックス 西村毅 委員)

誕生祝:荒井規雄会員 阿部欣文会員 麦倉敬亮会員 柴田彰夫会員 稲野秀孝会員

結婚祝:阿部欣文会員 柴田彰夫会員 小針務会員

奥様誕生祝:藤井昌一会員 上野憲示会員

北村光弘会長:地区研修会ご協力ありがとうございました。

石島洋幹事:先日の地区研修会では大変お世話になりました。お蔭様でとどこおりなく終了できました。ありがとうございました。又父吉造が無事退院できました。数々の御心遣いありがとうございました。

近藤隆亮次年度ガバナー:

一連の地区研修会ホストありがとうございました。厚く御礼申し上げます。

篠崎昌平次年度地区幹事:

次年度の為の一連の研修セミナーが実行委員会の皆様・会員の皆様のご協力により無事

終了する事が出来ましてありがとうございました。

久保井一臣次年度地区会計長:地区協議会いろいろありがとうございました。

プログラム紹介(プログラム委員会 青木直樹委員長)

本日は宇都宮映画友の会代表の小室明男様にお越し戴いております。小室さんは宇都宮映画友の会代表

ですが、又映画の町連絡協議会事務局長、宇都宮落語会の副会長と芸能・芸術と言ったものに造形が深

く又ボランティアもされています。その他、テレビ・ラジオと言う事で宇都宮ケーブルテレビでは、ム

―ビーパラダイスと言う番組等ご出演なさっております。ご本人は、行政書士とギャラリー花道を経営

なさっております。映画と私(バンバとサヨナラ寅さん)と言う事でお話を戴きます。どうぞ宜しくお

願いします。

卓話「映画と私(バンバとサヨナラ寅さん)」 宇都宮映画友の会代表 小室明男様

 

皆様今日は。小室明男と申します。お亡くなりになった淀川長治先生と渥美清さんとたまたま交流させて戴いき色々教えて戴いた事があるのでそう言う事をお話しながら進めて行きたいと思いますので雑談を聞いている気持ちでお聞き下されば幸いです。お手元に下野の心の本を先にお配りしました。50ページを開いて戴ければ昭和のノスタルジー懐かしの名画館と言う事で原稿を書かせて戴きました。昭和30年代位まで映画が娯楽の王様でした。二荒山神社の下に仲店があった頃です。花屋敷・歌舞伎座・松竹演劇・映画劇場・スカラ座・宮益座・二番館・ふじ館等たくさんありました。そこで私は昭和24年生まれです。初めて映画を見たのが昭和29年です。五歳の時初めて映画を見ました。「山椒太夫」でした。大変恐かった事を覚えています。外国映画で最初に見たのは「鉄道員」でした。ネボラと言う子供が出ていました。昭和29年昭和30年と言えば日本映画、外国映画ともにすごい作品が出来た年でした。昭和29年ゴジラの第一作木下恵介さんの「24の瞳」黒澤明さんの「七人の侍」がありました。私は映画を総合芸術として見ています。映画館は学校であり映画は教科書だと思っています。外国映画は「ローマの休日」「シェーン」「ベンハー」「十戒」等です。歌舞伎座の左手に組合の事務所があり、いしうみさんがいらっしゃいまして淀川長治先生と色々交流させて戴いたのは、そのいしうみさんの話をした事と花屋敷と言う東映系の映画館があり、その奥に動物園がありその奥で斉藤てつさんの話を淀川先生にしました。宇都宮文化会館で講演会がありその感想を送りました。こう言う事で交流が始まりました。淀川先生から教わった事があります。苦労来い、他人歓迎、私は今だかつて嫌いな人に逢ったことはない、この三つを必ず講演の最後に話されていました。淀川先生は日曜洋画劇場で解説された位ですので外国映画が中心でしたが、黒澤明監督と交流があり日本映画もご覧になっていたと思います。山田洋次監督の映画もご覧になったと思います。山田洋次監督と言うと「男はつらいよ」シリーズが頭に浮かばれると思います。「男はつらいよ」は、テレビで始まりました。最後ハブにかまれて寅さんが死んだと言う事で終了したのですが、フジテレビになぜ寅さんを殺したのかと言う抗議がたくさん入りました。その為山田洋次監督は、映画で第1作を作りました。その映画がとっても当ったのでその後一年間で3本も作りました。その後48本「男はつらいよ」が出来ました。その見所には、全国からロケ誘致が来ました。そこで栃木県に是非来てもらいたくて秋に大船の撮影所に伺いました。そこで渥美清さんに声をかけてもらいました。「こんな所見ておもしろいかい?」と声をかけて下さいました。それから渥美清さんから私の家に3回電話が掛かってきました。本当に驚きました。お電話の内容は、体の事とか血圧はどうかとか最近おもしろい映画を見たかとか、おもしろい芝居を見たかとかと言う話ばかりでした。渥美清さんのすごい所は、お金を出して映画を見に行くとか芝居を見に行くとかされる所です。渥美さん位有名になると招待状等で見られるはずですが必ず自分のお金を出していらっしゃいました。栃木県でロケをしなかったら残ってしまうと言う事になり、48本作って渥美さんがロケに行かなかったのは4県位ありました。何とか栃木県でロケをしてもらいたいと思い栃木市足利市・烏山等の観光地のパンフレットを取り寄せて山田監督にずっと送り続けました。第46作寅次郎の縁談のタイトルバックに山あげ祭が使われています。山あげ祭は7月ですが、特別に11月にしてもらいエキストラとして町民の方々に出てもらったのですが、渥美さんばかり皆が見ていて使えないと言う事で設定を変えられました。監督に烏山町の方で注文を出しました。山あげ祭の屋台をいかに早くくみ上げるかと言う事は、若衆のまとまりがあるかないかと言う事なのでそこを是非映画に撮ってくれと注文しました。その辺を撮るのに苦労された様です。2日間烏山にお見えになったのですが、ロケの前の日宇都宮にお見えになりました。渥美さんはお好きな物は、芋の煮っころがしみたいな物です。一八さんと言うお店で食事をしました。その後車で烏山に行きました。烏山カントリークラブのクラブハウスに泊まって戴きました。ロケが終わった時『りゅうもんの滝』にご案内させて下さいと言いますと渥美さんは「体調が良かったらお供をします」と言われ大変恐縮致しました。渥美さんの素顔は、自分の出番が無い時は、すみの方で椅子に座ってじっとされている人です。渥美さんは本番1回の人です。これはすごいなと思いました。ですが48作の時渥美さんが、台詞をとちりました。廻りがとても緊張しました。我々は渥美さんが体調が良くないのを知っていましたが、50本目が寅年に当りますので50作まで撮って戴きたいと思っていました。残念ながら48本で終わりました。私は「男はつらいよ」は、初期の方が面白いと思っています。森川信さんのおいちゃんが一番だと思います。神戸の震災の復活を手伝おうと言う事で「男はつらいよ」が協力するときに行った時、渥美さんは癌に侵されて体力がありませんでした。ファンの方々が「寅さん手を振って」等言われた時渥美さんがおっしゃっていました。「スーパーマン 飛べ飛べと言うけれどスーパーマンは、本当は飛べないんだよネ。あれは、ワイヤーでつっているんだよネ。だから僕も寅さんをずっとやっていなければいけないのかね」と。お話されていました。話を戻します。淀川先生が「さよなら・さよなら・さよなら」とおっしゃいました。前はさよならが1回の時や2回の時がありました。なぜ3回になったかと言いますとある時、テレビ局に電話が掛かってきて「今度はさよならを何回言いますか?」何回言うか賭けをしていたそうです。本当の話です。それ以来さよならを3回言われ続けました。最近シネコンと言って一箇所に10館あり指定席があり、時間制で映画が盛り上がっている話です。しかも外国映画より日本映画が盛り上がっている様です。私のお勧めの映画は「ゆめじゅうや」「あるいはうらぎりと言う名の犬」「良き人の為のソナタ」「おれは君のためにこそ死ににいく」「しゃべれども・しゃべれども」等です。皆様是非映画館に足を運ばれて映画を是非お楽しみ戴きたいと思います。

 

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卓話予定(5)

8日 小室明男氏(宇都宮映画友の会代表)・映画と私・バンバとサヨナラ寅さん  

15日 堀 浩一会員・松下幸之助秘話  

22日 夜間例会

29日 熊本勇治会員・未定

 

会報委員 野田 正敬 会員

写  真 小針 務  会員

メールアドレス:info@u-rc.gr.jp  
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