(2009)平成22223 No.2864 20092010年度(第28会報)

会員数 98名  出席者56名  出席率68.4%  前回修正出席率68.4

ビジター紹介(親睦活動委員会 荒井規雄委員長)

 柳澤秀夫様(ゲストスピーカー)伊矢野誠一郎様(鹿沼東ロータリークラブ)

ロータリー情報(久保井一臣会長)  IMについて

 NHK解説委員室解説主幹 柳澤秀夫様のご来訪を歓迎申し上げます。

 

 2010-2011年度国際ロ−タリ−第2550地区 地区委員委嘱状 石島()会員へ

 

 2月20日() 地区第3グル−プ IM に、多くの会員と参加してきました。

   IMは、INTERCITY MEETINGではなく、宇都宮市内では

       INTRACITY MEETING

   が良いとおもわれます。

 

舘野弘一ロータリー情報副委員長

 ミニ情報を毎週続ける事になっております。本日は、宇都宮ロータリー・クラブ会員歴の最も長い藤井清会長にロータリー入会当時のお話を伺おうと思っています。宇都宮ロータリー・クラブの設立は昭和27年ですが、昭和29年にご入会されました。宜しくお願いします。

藤井清会員

 何か昔の話をしてくれと舘野副委員長に言われました。55年か56年前の事になります。宇都宮ロータリー・クラブは伝統的に出席率は悪いです。昔は宇都宮クラブと言う名でした。会員は栃木県全域から入会して戴きました。委員長が偉い人ばかりなのであの頃会員に色んな通知を出したりするのは私みたいに若い人をこき使いました。会報は当時録音装置が無かったので、お昼は食べず要点だけ聞いてメモをし後で処理しました。とにかく使い走りをしました。会員の顔ぶれは大変偉い人ばかりでした。北からは大田原、矢板、塩原旅館のご主人、鬼怒川旅館のご主人、今市の高橋弥次右衛門会長の時、蔵から大判・小判が出てまいりました。南は佐野の箕輪さんとか小山の江部さん等栃木全域からスタートしました。例会の後の第二部の会合はざっくばらんでした。奉仕の理想の歌をうたっていますが、大きな理想に向ってロータリアンは進んでいる事を会員の皆様と今後ともやってゆきたいと思います。

矢嶋昭司新世代奉仕委員長

 会長宛に地区から夏季交換学生の募集がきています。期間は7月下旬から3週間です。応募資格は、地区内に在住し日本国籍を有する健康な人そしてロータリークラブの推薦が得られる学生、応募時に満15歳から18歳である事です。又アメリカからの学生を自宅ないし親戚の家でお世話できる事となっています。費用は、295,000円です。4月18日選考試験があります。応募期間は、2月20日から4月10日までです。ご案内申し上げます。

ニコニコボックス委員会(粟飯原悟委員)

 結婚祝:関口快流会員

 快出席祝:喜谷辰夫会員 関口快流会員

奥様誕生祝:青木栄久会員

プログラム委員会(大島勉委員長)

 皆様こんにちは。今日のゲストをご紹介させて戴きます。私の会社の同期、柳澤秀夫解説委員です。1977年昭和52年に私と入社しまして、横浜・沖縄を経まして今の国際部というところにきました。海外での経験は、フィリピン・タイ・エジプトがあり湾岸戦争の時には現地にいた経験もあるので顔をご存知の方もいるのではと思います。最近は、「ニュースウォッチ9」という番組のキャスターを2年程していました。体調を崩して別の方と交代していましたが、体調が良くなり4月から「あさイチ」という新しい番組の司会をする事になりました。今日はその番組の宣伝も兼ねて来てもらいました。専門は外国特に中東関係ですが、今日はスタジオの裏話がメインになるかと思います。宜しくお願いします。

卓話「テレビの本音」 NHK解説委員 柳澤秀夫様

 今日はお招き戴きありがとうございます。柳澤と申します。大島局長から今ご紹介がありましたけれども、大島局長とは今から34年前に知り合い以来同じ会社でずっと一緒に仕事をしてきました。今日はテレビの本音といいますか裏話をしてくれという事ですが、その前に一つだけ紹介しておきたいと思います。皆様記憶に深く残っていらっしゃるかと思いますが日航機墜落事故の時、大島局長は当時社会部の羽田記者クラブに赴任した日でありました。私は元々国際部出身だったのですが、どちらかと言うと海外の話よりも社会部系の話が好きだったものですから、あの事故をきっかけに羽田の記者クラブに私も入り以来1年間大島局長と一緒に住んでいました。冷蔵庫もソファも有り中々快適でありました。食事はエアラインの食堂に行けば非常に安く食事を取ることが出来ました。そんな事が有りまして、いわば日航ジャンボ機の墜落事故は我々の記者生活を振返った時に非常に衝撃的でしたし、今でも忘れる事が出来ない事です。そんな若かりし頃に一緒に事故取材で夜な夜な事故調査委員会のメンバーの所に事故取材をしたという事です。その辺の話を大島局長は控えめな方ですが、是非折を見てこの話をこの席でご紹介したら良いのではないかなと私は思います。さて本題ですが、私は生まれ育ちが福島の会津出身です。会津藩主の末裔であります。そして会津を離れ東京の生活が始まって、先ほど大島局長からお話があった経験を経てきたわけであります。自分の記者生活を振り返った時に一番鮮明に印象に残っていますのが、やはり今から19年前に起きた当時イラクのサダム・フセインがクウェートに進攻した湾岸危機に端を発し始まった湾岸戦争です。当時まだ私はインドシナ特にカンボジアの内戦取材が中心で、中東とは殆んど縁が無かったのですが戦争地の取材があるだろうという事で手伝いに行ったのがきっかけで、結局は今でも中東の取材をする事になった訳あります。その当時を振り返って見ますと、テレビの裏話をする上で実は大きな意味があったという事を今でも鮮明に覚えています。私自身にとっても非常に衝撃的でありました。けれどもテレビというのは実は技術と表裏一体であります。我々が取材した内容・映像を東京のNHKの場合には、放送センターに送り届けなければ始まらないという事で、いかに現場で取材したものを拠点に送りこむかの技術がある意味でテレビの本質であります。以前はフィルムの時代で、フィルムのまま東京に送り東京で現像して編集し放送していたので、実際に起きた事件や事故からニュースとして映像になるまでに相当時間がかかっていました。しかし、湾岸戦争の時を思い出していただくとバクダットで空爆を受けている映像がリアルタイムで世界中に届く時代になりました。それは、衛生伝送装置が技術革新により1990年代初めにかなり小型化されました。そういったものを現場に送り込めば、現場で起きている事をリアルタイムで伝えることが出来るようになりました。実は現場で取材している記者にとっては、これは有難い様で非常に有難くない事でして、それまでは取材をしてから送るまでに時間があったのですが、リアルタイムで連絡が取れるようになると休む暇が無いわけです。現場に着いた途端に東京からのオーダーがあり、直ぐに中継。まだ取材をしていないのに中継と言われても何を話していいのか分からない状態で要求が飛んでくるわけです。最近の海外あるいは国内からの中継でもそうですが、これは正に裏話ですが、現場の記者はいろんな事を知っている様で中々情報を集めにくく、手うちの取材が少ないというのが現場の記者の実態であります。どうするかと言いますと、情報が一番集まっているのは、東京です。東京と電話をつなぎ東京に入っている情報を現場の記者にフィードバックします。そうすると現場の記者は、その情報に基づいて5WH、何時・何処で・何が起きたのかという事をTVカメラの前に立ち中継で伝えるのが定番です。しかしこれでは現場にいる意味が無いので大分変わってきました。本筋は東京に住ませておいて、現場の者にしか分からない事を、例えば臭いや皮膚の感覚あるいは五感を使って感じた事を伝える。それがやはり現場からの中継での伝える中身ではないかという事に変わってきました。以前はのんびりと番組の構成を考える事が出来ましたが、今ではそれは許されなくなり最近の記者は厳しい環境に置かれていると思います。それだけ逆に記者としてジャーナリストとして何を伝えなければいけないか厳しく問われていると思います。今の記者が東京からフィードバックされたものだけを伝えているわけではありませんが、そういう風になりがちだと言うのがTVを取り巻く状況です。私もイラクにいた際に今でも忘れる事の出来ない辛い経験をしました。当時、日本の記者は私しかいませんでした。その他の外国の記者達は、それぞれの地域の言葉でリポートする事が出来ました。と言うのはイラクの情報省の中に外国の記者達の言葉を理解する人間がいたので、戦時下で伝える内容が検閲を受けなくてはならず、言葉を理解する人が情報省にいたのでそのまま伝える事が出来たのです。私の場合は、イラクの情報省の中に日本語を理解する人が誰もいませんでした。したがって原稿をリポートする内容は全て日本語を使ってはならず、英語を使うという事で東京とのやり取りも電話も全て日本語を禁止されました。それまでに経験の無かった事です。リポートを作る際にはある程度時間をかけて辞書を引いたりして収録しましたが、東京からの注文をリアルタイムで東京のキャスターと中継で掛け合ってほしいという事で、これには困りました。当時のキャスターは高島さんという方で、高島キャスターも東京のスタジオから英語で質問してきます。これに私も英語で答えなければならないのです。日本語でもこういったやり取りは大変なので、しんどいです。私は東京に戻ってから知ったのですが、我々の会話を日本語に翻訳しながら同時通訳で伝えていました。日本人同士のやり取りが英語でしかもそれを同時通訳したのは、後にも先にもあれが最初で最後ではないかと思います。その様な事で中継の技術が発達したが故に現場の記者に覆いかぶさってきた悲劇の一こまです。幸いに中継の技術が進歩してきた事により、テレビが色々支えられているのは事実です。その分スタジオの仕事で「ニュースウォッチ9」という番組を二年間程務めていた時に技術の有難みを感じる事が多々ありました。これは皆さんがご覧になっているテレビにアナログと他にデジタルハイビジョンがありますが、アナログに比べますとデジタルハイビジョンは非常に画質が綺麗になっているかと思います。動物や自然の風景を見る時には非常に便利な映像なのですが、これまた特に女性にとっては有難い様で実は迷惑な話になっているのです。顔のシワが鮮明に見えてしまうので光を沢山つけてシワを隠しているのです。女性にとっては対応が難しい状況になっていますが、美しい方は実際以上に美しく見えるので、それはそれで良いのかと思います。ハイビジョンのスタジオの中は、明るくするために沢山のライティングがあります。ものすごく暑いです。扇風機やクーラーをつける訳にもいきませんから、ひたすら耐えるしかありません。そんな中で仕事をしていますと、とかく自分が何をしているのか時々ボーとして忘れてしまう事があります。これは「ニュースウォッチ9」での事ですが、この番組は原稿を使いませんでした。伝えるという立場からすると、伝える事は読む事と少し違います。書いてある事を読む時と、思っている事を話す時では相手に伝わるインパクトが全然違います。「ニュースウォッチ9」では、もう1人のキャスター伊藤さんと示し合わせて、原稿は極力使わないという事でプロンプターも使わずに番組を始めました。ある時、番組の冒頭で普通「今晩は。」というのですが、カメラを見た瞬間何を話すか忘れてしまいました。暑さもありますし原稿も使っていないという事で感情を表現するためにそういった手法を取りながらも時々ドジをふむ事が多々ありました。今にして思う事は原稿を読むのと、やはり話して気持ちを伝えるのとは本質的に違うのだなという事です。キャスターを通じて実感した事です。今年の3月29日から新たしい朝の番組「あさイチ」が始まります。朝の市場の様に、朝色々な情報をあちこちから集めてくる場という事で付けたタイトルです。8:15分から始まります。NHKは、民放以上に視聴率を気にしています。受信料を戴いて皆さんに見て戴いて評価をして戴いた上で受信料を戴く放送局ですので視聴率は言わば我々にとって生命線です。又視聴率と同じくらい大切なものがあります。それは接触率です。接触率はNHKにどれだけ接触するかという事です。この接触率を年代別に見てみますと、特に40代の女性のNHKへの接触率が極端に落ちています。年齢を重ねていく毎にNHKを見てくださる方が増えるのですが、現在の40代の女性の方が将来的にお年を召した時にひょっとするとNHK離れを起こすかも知れないという危惧をNHKは持っています。そういう訳で朝のドラマを8時に繰り上げ、情報番組の枠を増やしました。それにより40代の女性の視聴者層を獲得するという狙いがあります。いろいろ話しましたが、テレビの裏側に本音が隠されています。中々本音の部分をテレビは出したがりません。テレビを出している人間が、あるいはテレビに出演している人間が何を考えているのか、時々思い浮かべながらテレビの画面を見ていただくと腹の中で考えている事と言っている事が違うのではないかと言うのが見えてくるかもしれません。そんな形でテレビと今後お付き合い戴けたらと思います。私の話は以上です。本日は本当に有り難うございました。

(2月)世界理解月間

   23日 テレビの本音

         柳澤秀夫さん       NHK解説委員

(3月)識字率向上月間

    2日 宇都宮の街作りについてA

         古池弘隆さん       宇都宮共和大学教授

    9日 未定

         山野順良さん       自衛隊栃木地方協力本部 本部長

   16日 スポーツ実況中継ウラ話

         三原 渡さん       元NHKアナウンサー

会報委員 笠原  純 会員

写  真 田中  彰 会員

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