(2011)平成23719 No.2929 20112012年度(第3会報)

会員数 90  出席者 54名  出席率 68.9%  前回修正出席率 73.3

 

ビジター紹介(親睦活動委員会 飯村悟委員長)

 青木薫様(鹿沼中央ロータリークラブ)

 

サンラフェール委員会(石島洋副委員長)

 サンラフェール委員会の石島でございます。サンラフェールから、先の女子ワールドカップ日本の優勝おめでとう!というメールがきました。来週、阿部さんと山さんのお嬢さんがサンラフェールへ出発する事になっております。来週ご本人達がお見えになる予定になっております。

 

クラブ会報委員会(印出井敏英委員長)

 皆様こんにちは。クラブ会報委員会の印出井でございます。宇都宮ロータリークラブの会報の件ですが、受付の所に前回例会の会報が置いてありますので新しい会員の方は、お取り戴けたらと思います。もう一つの方法ですが、インターネットに載っております。私共一生懸命やっておりますので見て戴きたいと思います。

 

ニコニコボックス委員会(播摩聡委員)

 快出席祝:橋俊行会員

 

プログラム委員会(辻博明委員長)

 プログラム委員会の辻でございます。本日の例会卓話は、会員卓話でございます。本年3月当クラブに所属されました泣Aップライジング代表取締役斎藤幸一会員、演題は『昔々ボクシングをやっていました』という話でございます。最初でございますので少し緊張しているかと思いますが、どうぞよろしくお願い致します。

 

卓話『昔々ボクシングをやっていました』

          泣Aップライジング 代表取締役 斎藤幸一 会員

 こんにちは。アップライジングの斎藤です。本日は宜しくお願いします。本日は、ずいぶん緊張しています。伝統ある宇都宮ロータリークラブに入りまして4ヶ月目に入ります。全ての方々に出会えて感謝いたします。ありがとうございます。宇都宮ロータリークラブの方々は、本当に凄すぎる方ばかりで、ちょっとした会話が何万円もかけて行く研修より勉強になり凄く刺激になっております。今後とも率先して声を掛けさせて戴き勉強をしていきます。私の会社の説明をさせて戴きます。私の会社は、宇都宮市平出町にあります。潟Vノザキさんの前の辰街道を北に少し行ったところの右側にあります。左側にピンク色の平出幼稚園がありますので分かりやすいかと思います。物は中古タイヤ新品のタイヤの店頭販売又インターネット販売と海外へ輸出しております。アルミホイールの修理もやっております。宜しくお願いします。本日の卓話ですが、私は15歳から24歳まで10年間ボクシングをやっていました。その頃のお話をさせて戴きます。随分緊張しているので緊張の末倒れてしまった場合は、10カウント数えてから運んで戴けたらと思います。私の父親は元プロキックボクサーでした。名前は斎藤元助と言いまして、元東洋太平洋ウェルター級チャンピオンでした。キックの鬼「沢村忠志」さんと同じ目黒ジムでテレビにも出ていました。父と沢村さんは階級も近かったので、よくスパーリングをしていたそうです。真空飛びひざ蹴りと言う必殺技があるのですが、人によってはよく当たるのですが真剣にやっている人にはそう簡単には当たらないと言っていました。しかも、まともに食らったとしても見た目が派手なだけで、全然効かないと言っていました。そんな父も昨年の11月に亡くなりました。その父の誕生日が今日7月19日で、これも凄く運命を感じています。父からボクシングをやれと一度も言われた事は無かったのですが、思い当たるきっかけと言えばWOWOWの衛星放送でマイクタイソンの試合を家族で見ていたので、ボクシングをやりたいきっかけになったのかもしれません。中学時代は陸上部だったので、何気なく見ていただけでしたが少し強い男に憧れていたのかもしれません。そして、マイクタイソンの影響でボクシングをやりたくなり作新学院に入りました。・・・・と言えばカッコいいのですが実は違います。滑り止めで受かっていた作新学院に入ったのがきっかけです。今思えば、一生懸命一夜漬けで勉強した部分が出なく県立に落ちたことが凄くラッキーだったと思っています。作新学院のボクシング部は、伝統がありきつかったです。何がきついかと言いますと、練習場の汗と血生くさい臭いがきつかったです。ヘッドギアもグローブも血がついたり汗がついても洗濯が出来ないので、ただ干しておくだけという自然乾燥でした。先日作新学院の道場に20年ぶりに行きました。20年前の僕らの時の作新学院高等部は超マンモス校でした。全学年合わせて1万人以上いた時代です。新1年生でボクシング部に入部したのは120人いました。今では、ちびっこボクシングなどもあり高校に入る前からボクシング経験のある人がいますが、その頃は高校からボクシングをやる人が殆んどでした。ボクシングをやりそうな人と言うと、中学時代喧嘩が強かったイメージがあると思います。そのような人が120人の中に20から30人位いました。でもそのような人は基礎練習は苦手ですぐやめてゆきました。入部して2〜3ヶ月の間は、縄跳びを飛んだり基礎練習だけで夏休みに入る今頃からバンテージと言う包帯のようなものをこぶしに巻いてグローブをつけ、スパーリングの一歩手前のマスボクシングをやるようになります。相手にあてる寸前にとめる寸止めのスパーリングです。ボクシングを習い始めて3ヶ月になりますと、自分の実力を試したくなる人が出てきます。寸止めと言っているのにパンチを当ててきます。こうなるとあてられた方も、パンチを当てに行きます。寸止めのはずが、1ラウンド終わって鼻血だらけの2人が立っているという事がよくありました。1日に10ラウンド位マスボクシングをするのですが、練習後は汗びっしょりの白いTシャツの人もいれば、白いはずのTシャツが鼻血で赤のTシャツに変わっている人もいました。ボクシングにつきものの減量はかなりきつかったです。減量を開始した頃は、汗を沢山かいて痩せてゆきます。脂肪も落ちて試合が近づいてくると水分を控えます。この頃が最もきついです。そうしますと、水やジュースを飲んでも水分の足りていない内臓とかに行きわたってしまい、カッパを着て練習しても汗が中々出ません。そうなってくると本当にイライラしてきます。減量中の飲み物に対するストレスや欲求不満が爆発するともう止まりません。1回飲み始まると3リットル・4リットルといくらでも飲むことが出来ますが、なぜかおしっこは5グラムぐらいしか出てくれません。このストレスが相当な厄介者です。そこで僕らがストレス解消の為に編み出したのが「チューチュー飲み」です。そうしますと、この缶を飲むのに1時間以上かかります。この小さな缶なのですが2リットル・3リットル飲んだ気分になり、ストレスも解消できます。当時の僕達にとってはノーベル賞ものでした。そして更に振り絞って編み出した作戦が、「食べたふり」作戦です。減量中は、カロリーの低いものを少し食べて練習をしますので脂っぽい物が食べたくなってきます。普段はあまり考えないカツカレーの事が減量中は頭から離れなく、授業中カツカレーの事ばかり考え机にカツカレーの絵を書いていました。実際それを食べてしまうと1500カロリー位オーバーしてしまうので、そこで考えたのが「食べたふり」作戦です。同級生たちとお弁当屋さんで買ってきたものをスプーンで口に入れてよく噛みます。よく噛んだものを口の中から出します。それを友達の家の猫や鳥たちがよく食べてくれました。これをしますと、結構食べた気になります。「この食べたふり」作戦に勝てないと、強烈な腹ペコには食べたものが全部体についてしまいます。そうすると又カッパを着て1時間以上走らなくてはなりません。僕も良くやりました。「飲んだふり」作戦も編み出しました。「チューチュー飲み」は350cc飲んで2リットル分ぐらいの量を飲んだ気分をあじわえますが、試合3日前ぐらいになりますとその350ccが命取りになります。「食べたふり作戦」同様、口に入れてうがいをするだけです。コーラやスプライト、私はよくコーヒー牛乳や紅茶ミルクティーでうがいをしました。このようにしながら、全国高校選抜大会ライトウエルター級で優勝する事が出来ました。仲間も地元日光でのインターハイで団体優勝する事も出来ました。高校から大学に進み、大学ではキャプテンもしました。個人の最高成績は全日本選手権で2位になった事です。全日本の決勝戦で私に勝った人は、アジア予選も勝ち抜きアトランタオリンピックに出場しました。その人とは団体の決勝でも戦ったのですが、4回戦い1回も勝てませんでした。日本代表で3回ほど海外で試合をしたこともあります。最初はバンコクで、ウクライナ人に負けました。次はルーマニアでパキスタン人に、最後はタイのパタヤでカザフスタン人に負けました。その後プロになりアマチュアが長かったので6回戦デビュー(B級)でした。デビュー戦で私と試合をした相手は、東日本の新人王決勝戦まで行った選手でした。私は全てのラウンドでポイントを取って迎えた最終の6ラウンド、相手は作戦を変え頭突きをしてきました。4回目の頭突きで私は左上のまぶたを切り血で左目が見えなくなりました。この時「座頭市」を思い出しました。残り2分、血で見えないリングを逃げ回りましたが判定勝ち出来ました。試合後すぐに傷を縫ってもらいましたが、傷跡は今でも残っています。その後、彼はパンチに磨きをかけ東洋チャンピオンになりました。6回戦を戦うB級ライセンスから、私は12回戦を戦うA級ライセンスを取得しました。プロ5戦目のA級トーナメント決勝で負けました。周りの皆は私が普通に再起すると思ていたようですが、今まで愛してやまなかったボクシングに急に気持ちが途切れ引退しました。プロ・アマ通じて成績は、149127211分(96KO RSC)でした。僕の同級生で今でも現役で頑張っている方もいますが、今思えば早めにやめたおかげで、軽いパンチドランカーで済んだので非常に幸せです。今は亡き両親に感謝し又こんな35歳のパンチドランカーですが、毎日が修行と勉強の場だと思っております。今後ともご指導ご鞭撻を宜しくお願い致します。本日は最後まで聞いて戴きましてありがとうございました。

 

浅野健志副SAA

 斎藤様ありがとうございました。次回の例会は7月26日卓話は宇都宮村上塾代表村上晃史様の『トライアスロンで世界一を目指す』です。沢山の皆様のご出席をお待ちいたしております。副会長点鐘をお願い致します。

以上で本日の例会を終了いたします。ご出席をありがとうございました。

 

【7月】

 19日 『昔々ボクシングをやっていました』

      斎藤幸一会員   泣Aップライジング 代表取締役

 26日 『トライアスロンで世界一を目指す』

      村上晃史 様   宇都宮村上塾 代表

【8月】会員増強拡大月間

  2日 未定

      菅原昭彦 様   樺j山本店 代表取締役

  9日 未定

      鳥毛逸平 様   鞄本香堂 取締役

 16日 クラブ選択休会

 23日 未定(会員卓話)

      門田見岳史会員  鰍iTB関東 法人営業宇都宮支店 支店長

 

会報委員 印出井 敏英 会員

写  真 森戸  義美 会員

メールアドレス:u-rc01@silver.plala.or.jp
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