(2013)平成25827 No.3029回 20132014年度(第8会報)

会員数 89名  出席者  66名  出席率 80.9%  前回修正率 77.5

メイクアップ会員 北出幸一会員

 

ビジター紹介(親睦活動委員会 林幹夫委員長)

 山本浩 様 (ゲストスピーカー) 佐藤美絵 様(NHK宇都宮 アナウンサー)

 田中正夫 様(宇都宮南ロータリー・クラブ)

 町田有可 様 酒井麗 様(サンラフェール交換学生)

 

幹事報告町田卓大幹事

 9月のロータリーレートは1ドル100円です。10月5日・6日に地区大会が開催されます。ファックスでご案内をさせて戴きますので、是非ご出席の程よろしくお願い致します。

 9月3日は第3回理事会が開催されますので、理事の方は是非ご出席の程よろしくお願い致します。

 

親睦活動委員会(林幹夫委員長)

 8月28日(水)夜6時30分から「暑気払い」を、東武百貨店屋上の銀座ライオンで開催致します。ご出席のお返事を戴いていない方、まだ空きがありますのでご参加の程よろしくお願い致します。

 

サンラフェール委員会報告(酒井誠委員長)

 今回、町田有可さんと娘の酒井麗が8月17日無事サンラフェールから帰国されました。お二人からお話を戴きます。

 

酒井麗様

 父がロータリーではいつもお世話になっております。宇都宮ロータリー・クラブの皆様、今回サンラフェールにホームスティに行かせて戴きありがとうございました。この素晴らしい経験をさせて戴きました事に感謝しております。サンラフェールでは、私が行きたかった水族館に行かせて戴いたり初めて野球の試合を見せて戴いたり、一緒に手巻きずしを作ったり一日一日がとても新鮮で、あっという間に10日間が過ぎてしまいました。その中でも一番心に残ったのは、ゴールデンゲートブリッジのてっぺんに行った事です。てっぺんに着いて、そこからの景色を見た時とても感動しました。大変だったことは、言葉の壁でした。もっと英語が話せたら、今迄3年間英語を習ってきて私が習得した英語はこれだけだったのか?と思うと悔しくなりました。もしこのサンラフェールに行く機会を逃していたら、私は何の成長もしないまま英語をだらだらとやっていたと思います。本当にこの様な機会を与えて下さり有難うございました。宇都宮ロータリー・クラブの皆様と父に感謝致しております。

町田有可様

父がロータリーでいつもお世話になっております。今回ホームスティが初めてという事で不安が大きかったのですが、温かく迎えて下さったので安心しました。私は英語が苦手で最初会話に入る事が出来なかったのですが、優しく対応して下さり段々と英語の楽しさが分かりました。気づけば自分から話かけ、会話に入る事も出来ました。帰国日には、飛行機が飛ばないという事があったのですが、そんな中でも最後まで面倒を見て戴きとても感謝しております。初めてのアメリカで楽しさもありましたが、今回参加をして英語の面白さが分り積極性が身に付いたと思います。10日間ですが、充実した日々を送れました。ありがとうございました。

 

サンラフェール委員会(酒井誠委員長)

 これで報告を終わりに致します。来年に向けて適齢のお嬢様がいらっしゃいましたら、是非とも私の方までご連絡をお願い致します。ありがとうございました。

 

ニコニコボックス委員会(飯村悟委員長)

 誕生祝:斎藤高蔵会員 斎藤謙治会員

 快出席祝:神宮晃会員

 奥様誕生祝:中山康会員 木下恒彦会員

 町田卓大幹事:スクリーンを貸して戴きありがとうございました。

 

プログラム紹介(プログラム委員会 北出幸一委員長)

 先週は、夏休みを戴きまして息子の卒論をひたすら家で書いておりました。久しぶりに戻って「きたで」と云う事で、とりあえずご挨拶致します。本日は外部卓話で「東京オリンピック誘致の行方」という事です。「オリンピック招致」という事でお話をしますが、オリンピックの招致合戦は非常に厳しいと「承知」の上で日本は望みました。これがもし、オリンピックが「飛んでイスタンプ〜〜ル」に行ったらまずいので、法政大学山本浩教授にお話をうかがいます。元々私と同じスポーツのアナウンサーをやっていらっしゃいました。風ぼうは、渥美清さんに似ていますので仲間内では「寅さん」と呼んでいます。経歴は島根県松江市にお生まれになりまして、埼玉県立川越高校・東京外国語大学ドイツ語学科卒業後NHKに入局されました。その後2009年退職されて、法政大学スポーツ健康学部の教授になられ現在学部長です。日本陸上連盟理事、日本体育協会国体委員、日本サッカー協会殿堂委員等々要職をお務めになっており今やスポーツ界の重鎮のご活躍をされています。ワールドカップ・マラドーナの五人抜きを実況されていたのが山本先生でした。宜しくお願いします。

卓話「東京オリンピック誘致の行方」

              法政大学 教授 山本浩 様 

 お招きにあずかりまして、ありがとうございます。私知りませんでしたネ!卒論のかなりの部分を親ごさんが書いている事を。今年の卒論から、文章の一文が少なかったら親の職業を調べてみる必要があると思っております。

 それでは、オリンピックの誘致活動に関するお話をさせて戴きます。5日前までスペインにおりました。若干時差ボケが有ります。オリンピック誘致の行方ですが、オリンピック招致の考え方は7年前に手を挙げて決まる事になります。昔、東京オリンピックの時は5年前に決まりました。今は、勝算があるかどうか考えないといけません。これは、勝算があると考えました。次に、オリンピックを呼んで開催した時に何らかのものが残るのか?これもあるのだと云う考えです。実際お金が掛かりますが、そのお金をかけただけの事はありますか?これもあるという考えです。この3つが今回手を挙げたバックグランドです。有ると答えた当時の方々の考え方は、先ず1つは東京都知事の政策でした。もう一つは、スポーツ界も中々メダルも世界のトップに行けない、アジアの中でもトップが取れなくなっている、このままではまずい、これがありました。そこに東日本大震災が起こりました。結果的に東日本大震災の復興という事で、沢山の人がここに加わってきました。同時に昨年のロンドンオリンピックの思い出、こういったものが重なって今があるとお思いになっている方々が先日の世論調査で92%に上りました。ライバルはどうなのか?スペインが強いのではないか?と云う見方です。マドリードの展示物を見てきました。無料です。何故か手荷物のチェックが有りました。入ってみたらこれしかありませんでした。大変倹約しています。このジオラマ立体ミニチュア模型を見ますと、かなりの施設が既存施設です。財政危機ですが、心配ありませんと云う口ぶりでした。そこで既存の施設をタクシーで見に行きました。これはメインスタジアムです。

ここから西の方に車で20分の所に別のオリンピック施設が沢山有ります。これがその写真です。何の事はないコンベンションホールです。その隣にあるのが体育館です。出来上がって45年を迎えるのではないかと云う施設でした。写真を撮っていたら警察官に捕まりまして、これからの写真は取り上げられました。びっくりしました。スペインはそんなに遅れているのかと思いましたが、実はそうではありません。これはある食堂に入った時、机に置いてありました。一番上が×、左側が人間を持っているマーク、手前が計算書です。つまり左側のボタンを押すと、ウエイトレスが来ます。下のボタンを押すと会計をしてくれます。この様なシステムを持っています。結構スペインもやるじゃんかと云うのが私の感想です。ここでは348円位でした。以外に安かったです。

オリンピックのテレビ放送は、昭和28年今年で丁度60年ですので、各局で60周年のいろんな番組をやっています。昭和28年3月12日、日本で初めてスポーツがテレビの画面に登場した日でした。初めてのスポーツ放送は、午後1時から15分間「春休みテレビクラブ野球教室1」をしました。藤田のぼるさんが、生で出演してノウハウものを放送しています。これが第1回目でして、4月11日初めての実況中継が行われました。当時のテレビ放送は、フィルムを流す以外は生放送でVTRはありませんでした。失敗は、許されませんでした。ニュース、演芸、映画、音楽、クイズ、教育番組が中心でした。スポーツは、放送する側には台本はありません。その辺り、便利な放送対象でしたが、当時雨が降りましたら中止でした。6年後、東京オリンピック開会式の放送が有りました。カラーテレビでした。アナウンサーの北出清五郎さんは、盛んに入場行進の選手の服装の色を口にされました。当時カラーテレビは、大変高価で殆どの人はモノクロで見ていたからです。1964年東京オリンピックスポーツ放送のノウハウの向上に大きな貢献をしました。中継のエキスパート人材の養成につながりました。アナウンサー、ディレクター、記者、そうした人達のスポーツに対する感覚もこの時代を境に変わってきました。その後のスポーツジャーナリズムに大きな影響を残す人達が、この時代から登場します。東京オリンピックは、この受像機「テレビ」の普及で誰でも知る選手を生むようになりました。映画・ニュースよりもテレビの方が、人の顔の認知度を高めたという点で大きな貢献が有ります。次は、関心です。専門用語とかルールの普及が有りました。テレビスポーツ放送実況中継の中で、ルールを説明する事が出来ました。当然、放送者とか解説者と云う専門職が生まれました。この人達の勝敗に対するこだわりでやり取りをする事に、耳を傾け・目を向け始めました。東京オリンピックは、能力の把握と云う点について多くの関心を呼びおこしました。同時に外国の選手に対しる知識を呼び起こしました。又強化に対する関心を呼び起こしました。我々は世界と自分達を比べると云う時代に突入していきました。

一方で何故敗れたのか、敗因の分析が専門家の間で進められました。お好きな方々の中で当然、議論になったと思います。その結果どうすれば良いのか、次に向かうその様なベクトルもやがて生まれてきました。実は、東京オリンピックの招致が叶いますと、もう一度スクリーンから現実の世界にスポーツがやってくるチャンスを我々は手にする事が出来るのではないか?とは言え、映像の世界はこれまでの勢いを失う訳ではありません。映像の世界に加えて、現実の世界も目の当たりにできる、言わば3D以上のものを我々は東京招致を果たす事によって、可能ならしめるのではないかと云う感じです。

一方で投票です。104名のIOCの投票権、その内会長と立候国に係わる委員合計6名を除いて投票します。1回目の投票で過半数を獲得すると当選です。いずれも過半数に達しない場合は、最下位を外して決選投票になります。その時に使われるのが、この投票機の器械です。それぞれの都市を番号化してIOC委員がその番号を押すという事です。IOC、104名の内投票権があるのは98名です。その内、韓国のIOCの方1名が入院されています。エジプトの委員は現在軟禁されています。他もう一人、出られない人がいるので95名になるのかなと。最後まで何人になるか分かりません。4年前のリオデジャネイロの時は、こう云う順番で票を取りました。ライバルのマドリードは、28票→29票→32票と票を増やし最後決戦でリオに敗れました。東京は最初

22票持っていたのに、次は2票失いました。どういう事かと云いますと、東京から逃げて行ったIOCの方は東京以外の都市にも約束をしていたという事です。つまりIOC委員の方は、色々な都市にお愛想をおっしゃる方がいます。複数回投票をすると云う事は、複数な結果を招きます。ちなみに最下位はシカゴでした。この時東京招致のメンバーは「このオリンピックの決着は、東京とシカゴの対決になるに違いない」とよんでいました。ですから、リオやマドリードに投票しようとしているIOC委員の人達に向かって「もしマドリードが途中で落ちたら、その票をうちにくれないか」という事を話していました。ところが、シカゴが最初に落ちました。これで東京招致の投票活動の計画に大きなひびが入りました。「何故シカゴが落ちたのか?」非常に不思議でした。これまで東京が手を挙げて一回落ちましたが、その前に日本では大阪・名古屋が敗れています。この投票行動の材料は、招致委員会のプレゼンテーションです。「ビットファイル」と云うフランス語と英語で書いてある開催申請書そして評価委員会と云う人達がやって来てまとめるレポート、この3つを基にしてIOCの方々が判断し情報を整理します。

これまでのオリンピックの招致活動を振り返ってみます。ソウルの時は、名古屋が敗れました。バルセロナの時は、こんなに沢山敗れました。アトランタの時も、こんなに当初争っている訳です。シドニーの時、北京が敗れています。アテネの時は、ローマ・ケープタウン・ストックホルム・ブエノスアイレスが敗れ、北京オリンピックの時はトロント・パリ・イスタンプール・大阪が敗れています。ロンドンオリンピックの時は、パリ・マドリード・モスクワ・ニューヨーク、そしてこのリオデジャネイロの大会ではマドリード・東京・シカゴが敗れています。少し争う都市と票を減らしているのは、IOCの中に「お金を使って一生懸命やり、金メダリストが一人しか出ないのだから、そんなに多くの都市に無駄な争いをするのは止めよう」と、この様な方向で今回は3都市の中から1都市を選ぶ事になっております。

戦後のオリンピック招致の動きを簡単に見ておきます。夏の大会では、敗北の歴史です。戦後日本の都市で手を挙げたのは、1960年東京が手を挙げてローマに敗れました。4年後にやらせるという事で、東京オリンピックが1回目になりました。その後、グルノーブルオリンピックの時札幌が手を挙げていますが失敗しました。1972年に札幌が開催でした。1984年にも札幌が手を挙げていますが、これはサラエボにいきました。ソウルの時は、名古屋が敗退でした。1998年に長野は1回で当選しました。大変珍しい例です。2008年大阪が敗れて、東京がリオデジャネイロに敗れて、9戦3勝です。夏は大変苦戦しています。ソウルオリンピックの時、投票は9月30日ソウル開催権27対52でした。前日まで名古屋絶対有利と云う論調でした。前日の夜になって状況が変わったと言われていますが、実はもっと前から状況は変わっていました。有る韓国のIOCの関係者は、「あの時名古屋の人達は、IOCの人達にきし麺とウイロウを配っていたのを知っていますか?我々はダムと学校でした」と言いました。国がやるか市がやるかの違いです。日本人のルールを守ると云う姿勢が強かったです。それも反映されました。名古屋のその後の反省は、私達はソウルには絶対負けないと云う一種の催眠術にかかっていたとオリンピックの担当理事が後の報告書で述べています。セールスポイントとなる理念が無かった、日本開催の経験があった、施設が殆ど出来ていなかった、国を挙げての活動になっていなかった、更に外交が無い、表にあらわれたロビー活動だけでも韓国が圧倒的でした。語学力が不足・貧しい国際経験・招致団と云うより視察団が多かったという現実でした。発展途上国に対して余り関心を示さなかった。27票の中身は、アフリカ票は全滅中南米にそっぽをむかれた、当然アジアも割れてしまいました。その後北京に敗れた大阪は「国際都市として通用する為に、オリンピックの大阪への誘致は私の夢だった」と当時の市長がおしゃっておりました。広島・横浜も動き出したのですが、1993年シドニーが

2000年大会の開催権を獲得、争った北京が敗れた事で突然大阪に不安が舞い込みました。大阪は1回の投票で最下位の6票でした。敗因は、大阪対中国、名古屋対韓国と全く似たような構図でした。一方で北京はどうしたか?シドニーに敗れた北京は、招致委員会のメンバーに中国スポーツ界の幹部をどんどん入れて、それがイコール政府のスポーツ担当です。殆ど英語でIOC委員とのやり取りが出来るメンバーでした。シドニーに敗れたので直ぐにシドニーキャンペーンのプロダクションと契約をしました。それから中国は人権問題を積極的に話ようになりました。国力は大変上がってスポーツ大国になりました。シドニー大会の時、メダルの獲得数は世界3位でした。アメリカにとって第4の貿易相手国になっていました。民主化の追い風になると西側諸国は考えました。同時にスポーツ競技市場として、力がある製品の市場として大きな物を持っている。

一方で今度の東京オリンピックですが、前回と違って少し特徴があります。前回は石原都知事の3選を意識した立候補宣言でした。組織が分散していました。経験が無い為、効率的な招致活動が出来ませんでした。同時に都民、国民の共感も得られませんでした。一方今回は、東京で開きたいという思いがスポーツ界と東京都が中心になってタッグを上手く決めました。「チームジャパン」のまとまりの良さ、商工会議所、青年会議所もとても積極的です。連合も積極的です。経験を踏まえた効果的な活動、都民、国民の関心の高まり、こういったものが有ります。

さて、票読みはとても難しいです。固定票に加えて、都市の魅力、国の魅力をとらえないといけません。開催運営能力は当然の事です。投票行動につなげる力としては、情勢のある呼びかけが出来ているかどうか、同時に経済的支援みたいなものもIOC委員のバックブランドに出来るのか、これも現実論で求められるものです。そしてミスのない行動が出来るかです。IOCの投票行動といいますのは、「基本的にオリンピックの理想を基に決める」こう云う人達が少なくありません。一方で、評価報告書を見て決める人もいます。プレゼンテーションを聞いてから決める人もいます。同僚の委員からの話を聞いて票を入れる人もいます。一方で政府から直に言われる人もいるでしょう。投票の読みの難しさは、IOC委員に働きかける同僚委員、それぞれの国、競技団体、その他色々なファクターが最後の最後までもつれ合って影響力を及ぼします。9月10日ロゲ現会長の後任IOC会長選挙、6人の立候補者の内今有力と言われているのはドイツのトーマス・バッハ副会長です。アジアからは、シンガポールのセルミャン・ウンさんと云う方が有力と言われています。それぞれの会長候補が、それぞれ政策を発表しています。

世界はどう動いているのか?IOCは、競技団体評価の基準の一番上に「その競技団体にとってオリンピックが実施される事で何が変わりますか?」この様な質問をしています。東京でオリンピックを開催する事で東京がどう変わるのか、一方東京で開催する事でオリンピックがどう変わるのか?これを答えろと言っています。今度のプレゼンテーションの中で、その様な事を言えるかどうかです。ポイントは持っている資産やパワーを、環境改善ですとか福祉の問題ですとか教育の問題ですとか、やらなければいけない事を歴史においてやるのではなく、併せて配慮しながらやると云う姿勢です。すべき事・出来る事スポーツの再評価をオリンピックが来る・来ないにかかわらず、しないといけません。生活と社会を見直すコミュニケーションの在り方、これも含めてIOC委員に対するアプローチも含めコミュニケーションの取り方をどうするか、これを考える事です。そして日本の大事にしているフェアネスも維持していかなければなりません。自信と不安の入り交っているこの東京オリンピック招致ですが、世界最高の開催能力を一方に持ち出しながらIOC委員を本当につかみ切っているか? 日本のメディアの中には、前回のIOC会議の中であるテレビ局のレポーターが「Who are you?」と訊ねてインタビューをしようとしたそうです。IOC委員は、怒ったそうです。開催都市の発表は、9月8日の日本時間午前5時です。気持ちを一つにして前に進んでもらいたいと思います。どうも有難うございました。

--------------------------- 今日のメニュー -----------------------------------------

仔牛のエスカロップ

ソーセージ入りポテトグラタン

ライス

オニオンスープ

 

 

 

 

 

 

2013-2014年度 卓話

【8月】

 27日  「東京オリンピック誘致の行方」

       山本 様        法政大学教授

【9月】

  3日  「サイバー犯罪対策」

       大武 精司 様       栃木県警察本部 サイバー犯罪対策室長

 10日  「日本経済の現状と展望」  会員卓話

       渡辺 茂夫 会員      栃木信用金庫 宇都宮営業部 部長

 17日  「未定」          会員卓話

       上野 憲示 会員      文星芸術大学附属高等学校 校長

 24日  「未定」          会員卓話

       印出井 敏英 会員     印出井歯科医院 院長

 

会報委員 田部井    会員

写  真 増渕 好次郎  会員

 

メールアドレス:u-rc01@silver.plala.or.jp

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