(2015)平成27217日 No3097回 20142015年度(30会報)

会員数 102名 出席者65名 出席率67.7% 

 

会長挨拶(大塚秋二郎会長)

 相変わらず寒い日が続きます。実は私は鼻かぜをひきまして、声が少し変です。先週の土曜日と日曜日、所用で沖縄の那覇に行ってきました。沖縄は非常に暖かく、同じ日本でも季節感が違うと思いました。沖縄の桜の季節は、1月の中旬ごろに咲き終わるとの事でびっくりしました。先週行きました時の気温が22度でした。この寒さももう少しの辛抱ですので、ご自愛の程お願いします。

 

幹事報告(善林隆充幹事)

 皆様のレターボックスにIMのプログラムが入っております。先週も出欠のご案内をしておりますが、まだお返事を頂いていない方もいらっしゃいますので是非ご参加をお願いします。全員登録で支払いをしております。懇親会だけでもご出席を頂ければ幸いです。

 本日、気仙沼南ロータリークラブから義援金のお礼という事で、ワカメが届きました。人数分の数がありませんので、早い者勝ちという事でご出席頂いた方から順にお配りさせて頂きました。宜しくお願い致します。

 

IMの案内説明(荻山猛彦ガバナー補佐)

 第3グループA・B合同で3月12日(木)IMを開催致します。今回プログラムをごらんになればお分かりの様に、講師を呼んでお話を頂くという形をとりません。それぞれのクラブの会長さんにサブテーマについての座長になって頂き、お話をまとめて頂く形式をとらせて頂きます。今、宇都宮地区に500〜600人のロータリアンがいらっしゃいます。中々普段の生活の中でお会いする事も無い、親しくお話をする事が無いという事で、皆さんからの忌憚のないご意見を言って頂き、言葉を交わす事で親睦を深めて頂く形式にさせて頂きました。ホストクラブが、宇都宮東ロータリークラブでBグループの佐貫ガバナー補佐が中心で進め頂いております。ロータリーソングの「それでこそロータリー」という言葉がありますが、声を掛けあえる状態にしたいなという主旨で行います。多くの方のご参加を頂きたいと思いますので、よろしくお願い致します。

 

ニコニコボックス委員会(田部井純委員長)

 結婚祝:木下恒彦会員

 快出席祝:舘野弘一会員 熊本勇治会員 

 奥様誕生祝:久保井一臣会員 斎藤謙治会員 斎藤高蔵会員 

 I・Jテーブルミーティング残金

 熊本勇治会員:2月11日に行われた宇都宮南高等学校南風インターアクトクラブ主催の

         恵方巻パーティーにバネッサが参加しました。

         その活動を下野新聞に取り上げて頂きました。

         観堂社長、ありがとうございました。

 

プログラム紹介(田野辺隆男委員)

 プログラム委員の田野辺です。本日は大矢委員長が所用で欠席です。

 本日の卓話は、会員卓話です。カンバク椛纒\取締役社長金山典生会員にお話しを頂きます。今日は、ウィスキー「ジャパニーズ ウィスキー」の歴史を話して頂きます。ウィスキーと云えば、マッサンです。マッサンでウィスキーを取り上げたのは、決して某ビール会社の社長さんが会長だったからではありません。外国人ヒロインを現場が狙ったのではないかと思っております。

 金山さんは、1984年サントリーに入社されました。主に研究畑を歩まれたそうです。ビール・ウィスキーの原料となる大麦の改良を行いました。又サントリーと云えば「ブルーの青いバラ」を作った事で有名です。青いバラの開発チームのマネージメントもされ、素晴らしい青いバラを開発されました。2年前にカンバクの社長に就任されました。宜しくお願い致します。

 

卓話「ジャパニーズウィスキー

               カンバク 代表取締役社長 金山典生様

  ジャパニーズウィスキーは今や世界のウィスキーのひとつのカテゴリーとして認められている。サントリーではフラッグシップウィスキーの「響」ニッカでは「竹鶴」、ほかにもマルスウィスキーなど世界的コンテストで受賞する高品質なウィスキーが続々と生まれている。

  まずウィスキーの基本的な製造工程をご紹介する。原料は麦芽と水。因みにカンバクはサントリーの子会社として麦芽を製造している会社。ただし、現在ではウィスキー用麦芽は製造しておらず、専らビール用のみの生産。

  原料の糖化工程の後、発酵工程。サントリー白州工場では、木桶を使用している。次が蒸留工程だが、ウィスキー製造に特有の蒸留器「ポットスティル」を使用する。大麦麦芽を原料にした発酵液を蒸留工程で蒸留、たるで貯蔵して作られるウィスキーをモルトウィスキーと言い、一方、とうもろこしを発酵させて連続蒸留器で作られる高濃度アルコールはグレインウィスキーと言う。最終工程でこの2種類の原酒をブレンドしてできるのがウィスキーの一般的な製造方法。ブレンドされるのでブレンディッドウィスキーといわれる。モルトウィスキーだけで最終製品になるものもあり、ひとつの蒸留所だけでできたモルトウィスキー製品を「シングルモルトウィスキー」と呼ぶ。なお、ピュアモルトという用語は、モルトウィスキーだけでできた最終製品には違いないが、複数の蒸留所のモルトウィスキーを混合した場合に、グレインウィスキーを使用していないことを強調したい時に使われるが、現在イギリスではこの用語の使用を禁じられている。スコットランドではたくさんの比較的小規模な蒸留所があるが、それぞれで作られるモルトウィスキーがその蒸留所の個性を出しており、蒸留所の顔となっている。通常は、お互いにモルトウィスキーを売買し、それぞれの蒸留所のブレンダーがブレンドの妙を競っている。貯蔵は、ホワイトオークなど緻密な材質の適した樹種が使用される。日本では北海道産のミズナラを使用したものもある。

  お酒の分類に醸造酒か蒸留酒かがある。違いは、蒸留工程があるかないかだが、蒸留にも1回から3回、ポットスティルのような単式蒸留、タワー型の連続蒸留など、いくつかの手法がある。もちろん出来上がる蒸留液が違う。

  ウィスキーは欧州の古い蒸留飲料である。現在では、アイリッシュウィスキー、スコッチウィスキー、アメリカンウィスキー、カナディアンウィスキー、ジャパニーズウィスキーの5つが世界五大ウィスキーと言われている。タイのメコンウィスキー、ブラジルのグリーンアンドゴールドというウィスキー様のものも知られている。

  スコッチウィスキーはポットスティルによる2回蒸留、ピート臭が特徴のウィスキー、ピート臭の程度は様々。ピート臭のないものもある。アイリッシュウィスキーは、麦芽以外に大麦などの穀物粉砕物をそのまま使用し、ポットスティルによる3回蒸留が特徴、アメリカンウィスキー、カナディアンウィスキーは原料にとうもろこし、ライ麦などを使用すること、連続蒸留器で蒸留することなどが特徴。ジャパニーズウィスキーは、スコッチウィスキーと同様。

  ウィスキーの原型は、一説では6世紀アイルランドと言われている。中東から香料製造のための蒸留技術が導入されたところから始まる。1100年代、蒸留技術は、スコットランドに渡り、主に薬酒として修道院で製造されていたが、宗教改革で技術が農民に開放、伝播した。ここまでは、貯蔵される前のものを飲んでいた。その後、イングランド政府によるスコッチへの重い課税により、密造、即ちたるによる長期貯蔵が始まった。現代のウィスキーの原型はこれである。1700年代のスコットランドのイングランドへの併合がスコッチへの重い課税と関係している。イングランド王族がスコッチを飲用していたことから税制が変わり、グレンリベットのように政府公認で製造するメーカーが出てきた。

  1800年代に製造技術はアメリカ、カナダに伝わり現地の穀物であるとうもろこし、ライ麦が原料として使われるようになった。アメリカでも酒税がウィスキーの発展に関係しており、当初東部海岸近辺で製造されていたウィスキーは、内陸部のテネシーやケンタッキーで作られるようになった。

  ウィスキーの歴史に大きく関係している出来事にアメリカ禁酒法がある。それまでアイリッシュウィスキーがアメリカに大量に輸入されていたが、激減。一方、その穴を埋めるように、カナダからウィスキーが密輸された。以来、カナディアンウィスキーは大きな市場を握っている。

  このように、モルトやウィスキーへの課税、禁酒法などの政策がウィスキーの歴史に大きく影響を与えている。日本でも来年酒税の改定が計画されている。麦芽使用比率の違いによりビール、ビール様飲料の酒税が変更される。各社、なるべく酒税の低くなるような商品開発を展開中。

  スコッチウィスキーは、イギリスの北半分のスコットランドで製造されるが、蒸留所の数は100箇所強。スコットランドの北半分のハイランドに蒸留所が集中している。中でもスペイ川の流域に全体の半分が集中している。マッサンがウィスキー作りを勉強したグラスゴーは、ハイランドとローランドの境目に位置し、実習はスペイ川流域の蒸留所ロングモーン蒸留所、キャンベルタウンのヘーゼルバーン蒸留所で行われた。前者は現存するが、後者は閉鎖されている。

  ジャパニーズウィスキーの歴史は少し遅れて1900年代明治にはいって始まる。

  その発展に大きく貢献したのは、サントリー創業者の鳥井信治郎とニッカの創業者竹鶴正孝。竹鶴は技術者としてピート臭の強いウィスキーが本場のウィスキーとしてこだわるが、鳥井は、日本人の口に合ったウィスキーを求めた。技術者と経営者の違いだが、本来両方大切。

  竹鶴正孝は、1916年に摂津酒造に入社(ドラマでは住吉酒造)、1918年からスコットランドへ留学するが、帰国後、摂津酒造を退社、1923年に鳥井信治郎の寿屋に入社する。約10年後、北海道余市に大日本果汁として独立、独自のウィスキー製造を開始。第一号商品は1940年。以来、経営の危機はありながら、戦時の海軍による買上げ、戦後のアサヒビール社による株式過半数取得、経営参加、2001年アサヒ社による完全買収を経て存続。現在では、フラッグシップウィスキー「竹鶴」を始め、国際的に高い評価を受けるウィスキーを販売している。

  鳥井信治郎は、1899年大阪の両替商、鳥井忠兵衛、こまの4人兄弟の末っ子として生まれる。13歳で薬酒問屋「小西儀助商店」(現在のボンドのコニシ)に丁稚奉公。ここで、葡萄酒に出会う。20歳で鳥井商店を設立。甘味葡萄酒を販売する。この時、母親こまが「やってみなはれ」と独立することを応援してくれた。1907年に「赤玉ポートワイン」を発売、大ヒット。日本初のヌードポスターを製作。ドイツのポスターコンテストで第一位を獲得。売り方も健康に良い特徴を医学、薬学博士に推薦させるという現代の健康食品の宣伝方法と同様のことを実施。赤玉楽劇団を作り全国宣伝行脚も実施した。当初より販売方法、宣伝で工夫があった。1921年に()寿屋と名称変更。

  大正から昭和にかけては、ウィスキー事業のための資金を様々な事業で稼いだ。練り歯磨きの「スモカ」、カレー粉「パームカレー」、りんごジュース「コーリン」、ビール「オラガビール」も手がけた。

  1923年に竹鶴正孝を迎えると同時に、山崎蒸留所を建設。1929年に第一号ウィスキー「白札」を発売、「赤札」「特角」などを発売するが、思うように売れなかった。1937年に発売した「角瓶」で大ヒット。戦後翌年発売の「トリス」でウィスキー事業再開、以後、オールド、ローヤル、リザーブなど戦後高度経済成長と並行して成長。飲み方提案、独自の宣伝など、ウィスキーを飲む文化を作りながら販売量を伸ばす。

  ところが、ウィスキー販売は、1983年の3,400万ケースをピークに26年間前年割れを続け、ハイボールブームで販売量が上向くまでに750万ケースまで販売量を減らした。

  1984年以降、ウィスキー事業不調時には、大衆的な新製品の発売が相次ぐが、ダウントレンドは止まらない。同時に、プレミアム商品「山崎」「響」「白州」も開発、発売。良いもの、おいしいものへのこだわりが後の世界的評価につながる。

  1963年に開始したビール事業は利益を生んでおらず(事業開始以来46年間赤字。プレミアムモルツで黒字転換)、飲料事業など他事業の多角化を進めた。近年では海外の事業会社買収を進め、2014年にアメリカのビーム社買収は記憶に新しい。

  鳥井一族の家系図を簡単に紹介する。鳥井信治郎には3人の息子あり。長男吉太郎は、ドラマにも出てくるように昭和初期に若くして死去。その長男信一郎が3代目社長を務め、その長男信宏がサントリー食品インターナショナルの社長を現在務めている。信治郎の次男の敬三は、一旦母方の親戚筋に養子に出るが、長男吉太郎の死去に伴いサントリーの事業を継ぎ、2代目社長となる。その長男信忠は4代目社長、昨年新浪剛史社長に交代。三男鳥井道夫は副会長職を務め、その長男信吾はウィスキーの味を最終的に決定するマスターブレンダーを現在も務めている。

  ジャパニーズウィスキーの品質は、いまや世界最高レベル。ウィスキーの権威といわれるジムマレー氏が毎年編纂する「ワールドウィスキーバイブル2015」において、「山崎シェリーカスクシングルモルト2013」が初めて第一位に輝くなど、2000年代以降、イギリスはもちろん世界のウィスキーのコンテストでは複数の商品が常にトップ、またはトップレベルにランクされるようになっている。

  我々日本人は、世界最高のウィスキーが身近で楽しめる幸福な状況にあると言ってよいのではないか。

  約100年をかけて鳥井信治郎、竹鶴正孝の夢が現実となっている。

  ウィスキーの飲み方を紹介する。ストレート、オンザロックはご存知と思う。ハーフロックは、ウィスキー:水を1:1とし、氷を浮かべる飲み方。氷にウィスキーを注ぎ、水は後で入れる。次に水割り、ウィスキー:水を1:2〜2.5とし、13回転半回す。次にハイボール、クラッシュドアイスを使うミスト。ウィスキー:常温水を1:1で混ぜて飲むトワイスアップは、香りが楽しみやすい。最後にお湯を注ぐホットウィスキー。

  カクテルでは、1942年、飛行機の大西洋航路の客に給油中に振舞われたアイリッシュウィスキー。チャーチルの母が名づけ親といわれるオールドファッションド。アメリカ南部で古くから楽しまれているミントジュレップ、映画ゴッドファーザーに因んで作られたゴッドファーザー、ウィスキーをウオッカにするとゴッドマザー、ブランデーにするとフレンチコネクションと名前が変わる。

  サントリーでは、使用が終わったたる材を家具や文房具にして販売している。お勧めは、テーブルとフローリング。元々柾目のきれいな材木であることもあり、重厚で高級感ある。

  ドラマの中で「大将」が言っていたいくつかの印象に残る言葉を紹介したい。大将はどうしてウィスキーを日本で販売したいのかと聞かれて、新しいことをやって日本を元気にしたい、言った。事業を通じた報国、社会貢献の志として感銘深いし、経営者は従業員とその家族を食わしていかなあかん、という言葉には現実的な経営者の覚悟が感じられる。

  最後にサントリーの社是を紹介する。「人間の生命の輝きを目指し、若者の勇気に満ちて、価値のフロンティアに挑戦しよう。日々新たな心、グローバルな探索、積極果敢な行動」新しいものへの挑戦を表現している。このあとに続くフレーズは、「やってみなはれ」である。

本日は、ご清聴ありがとうございました。

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【今日の料理】

ぶり大根 小松菜のおひたし しらたき鱈子和え

ご飯 味噌汁 香の物

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2014-2015年度 卓話

20152月】

2月17日 会員卓話「ジャパニーズ・ウィスキー」

       金山典生会員       カンバク 代表取締役社長

2月24日 「東日本大震災支援チャリティーコンサートを終えて」

       大場俊一様        埼玉大学 名誉教授

20153月】

 3月 3日「宇都宮の文化 火焔太鼓山車の復活から」

       藤原宏史様        ()藤原設計事務所 代表取締役所長

 3月10日「これからの企業の在り方〜公益資本主義とは〜」

       藤岡俊雄様        潟Vーエフエス 代表取締役

 3月17日「学校給食について」

       君島修様         宇都宮市教育委員会 学校健康課長

 3月24日「福島空港の利用促進について」

       五十嵐様 塩見様     福島県商工労働部

 3月31日 

会報委員 畑  剛司 会員

写  真 菊地 太志 会員

メールアドレス:u-rc01@silver.plala.or.jp

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