(2015)平成2733日 No3099回 20142015年度(32会報)

会員数 102名 出席者63名 出席率67% 前回修正率69.9

MU会員 荻山猛彦会員3回(宇都宮北・陽北・90RC)

     木下恒彦会員(さいたま中央RC)

伊原修副SAA

 開会に先立ちまして、藤井昌一直前会長の御母堂様がご逝去されましたのでご逝去を悼み黙祷をささげたいと思います。 -黙祷-

 只今より宇都宮ロータリークラブ第3099回例会を開催致します。

 

ビジター紹介(親睦活動委員会 矢治和之副委員長)

 新見徹様(宇都宮90RC)

 藤原宏史様(ゲストスピーカー)

 

会長挨拶(大塚秋二郎会長)

いよいよ3月、春になりました。先週末に第3回会長・幹事会が開催されました。「残る会長・幹事会は、あと1回になるね」という話題が飛び交っておりました。3月12日IMが開催されます。それで大きな行事は一通り終わるのかな?という話題になっておりました。今のところ私達のクラブ運営もスムーズに来ています。本日理事会が開催されまして、喜ばしいニュースがありました。きずなプロジェクトの「意義ある業績賞」という事で、2年連続地区の候補になりました。私達の活動が認められるのは、大変喜ばしい事です。以上です。

 

誕生祝(親睦活動委員会 金子昌郎委員長)

 奥本雅之会員 矢嶋昭司会員 北村光弘会員 吉田良二会員 舘野弘一会員 

小林辰興会員 田野辺隆男会員 篠崎昌平会員

 

結婚祝(親睦活動委員会 金子昌郎委員長)

 関口快流会員 上野泰男会員 針谷隆之会員 宮本隆昌会員 岡ア善胤会員

 町田卓大会員 松井公彦会員 

 

奥様誕生祝(親睦活動委員会 金子昌郎委員長)

 ア尾園子様 神宮由美子様 伊原結花様 片山雅子様 阿部晴美様 堀井康子様

 岡ア宏美様 田嶋昌子様

 

幹事報告(善林隆充幹事)

 本日、第9回理事会が開催されました。本日の理事会で入会予定者の方がいらっしゃいます。佐々木様 兜沒c屋呉服店代表取締役です。推薦者は、関口快流会員と増渕好次郎会員です。

本日、承認されまして会員数103名になります。4月21日は、夜間例会です。クラブフォーラムになります。内容は基本的に青少年グループ3つの委員会の発表で、内容につきましては来月の理事会で発表出来るかと思います。円卓テーブル方式で、これからの青少年をどう扱ってよいのかという事がテーマになると思います。3月のロータリーレートは、1ドル118円です。

3月12日にIMがホテルニューイタヤで16時から開催されます。出席予定の方は、宜しくお願い致します。まだ出席の返事を出されていない方も、是非宜しくお願い致します。親睦活動委員会の方から、大相撲観戦の説明がありました。チケットを取るのが大変で今何とか尽くしておりますが、最悪取れなかった場合は他のものになる可能性があります。先にご報告させて頂きます。又、単身赴任の会主催のゴルフコンペを予定しております。当初5月の予定でしたが、6月13日日光カントリーに決まりました。是非、ご出席下さい。3月31日の例会は休会です。又次年度の報告もされていました。以上です。

 

熊本勇治副幹事報告

 2550地区インターアクト委員長の立場でお話をさせて頂きます。2月25日から3月31日迄、台湾の3470地区からインターアクトの生徒がやってきました。インターアクトの生徒30名とロータリアンとガバナー8名で宇都宮に来られました。25日グランドホテルで歓迎会、26日助川宮司のご協力のもと、二荒山神社で台湾の学生と宇都宮南高等学校、文星芸術大学付属高等学校、文星女子高等学校のインターアクト約40名の仲間と奉仕活動として清掃を行いました。

2月28日の下野新聞に載っております。観堂社長には、大変お世話になりました。総合活動という事で、今海外研修を行っています。これからもご協力の程、宜しくお願い致します。

 

ニコニコボックス委員会(金山典生委員)

 誕生祝:小林辰興会員 奥本雅之会員 田野辺隆男会員 矢嶋昭司会員 篠崎昌平会員

 結婚祝:関口快流会員 岡ア善胤会員 

 奥様誕生祝:伊原修会員 田嶋久登志会員 阿部義春会員 岡ア善胤会員 ア尾肇会員

 藤原宏史様:御礼として

 

プログラム紹介(大矢裕啓委員長)

 本日の卓話は藤原宏史様です。藤原様は元宇都宮ロータリークラブの会員でいらっしゃいました。早稲田大学理工学部建築学科を卒業されて、その後藤原建築設計事務所を設立、平成17年には宇都宮市教育委員、平成20年には教育委員長という要職をお勤めです。先週卓話を頂きました大場様の奥様が後任の教育委員長です。平成23年6月から「宮のにぎわい山車復活プロジェクト」修復部会長という事です。NPO法人「スウィングタウン協会」の副理事長です。お金にならない仕事を沢山されているな!という感じです。朝から晩まで、自分の街の事・文化の事を熱い気持ちでお考え、即行動をするという事で大変尊敬する先輩です。どうぞよろしくお願いします。

 

 

 

卓話 「宇都宮の文化 火焔太鼓山車の復活から」

            有限会社藤原設計事務所 代表取締役所長 藤原宏史様

 皆さん、こんにちは。ご紹介頂きました藤原です。ここにこうして立たせて頂く事は、少々照れくさい感じです。早いもので私がこのクラブに在籍していたのは、7年前になります。

その節は大変お世話になりました。ただ今私の事を見抜いた大変素晴らしいご紹介を頂いた大矢さんには、教育委員会時代大変お世話になりました。こちらに来まして皆さんにお会いし、大変懐かしく思っております。今日は3月3日ひな祭りの日ですが、秋祭りのお話をさせて頂きます。

 お話をさせて頂くのは、昨年10月二荒山神社菊水祭ですが100年ぶりに復活しました。新石町の火焔山車に付きまして御礼も含めましてご報告をさせて頂きます。これは、当日大鳥居をくぐったところです。この山車の復活につきましては、当クラブの助川宮司様 北村商工会会頭様にも顧問になって頂いております。藤井昌一様が副会長、関口快流様が理事、私も理事の1人です。平成23年に発足致しました。「宮のにぎわい山車復活プロジェクト」これが主体となって進めたものです。昨年4月には、このプロジェクトの池田貞夫理事と田巻事務局長が、当クラブにて卓話させて頂きました。皆様にご協力を頂きまして、この様に準備が出来ました。ありがとうございました。これは、昨年の菊水祭当日の写真です。この時、少し胸を下したのが実感です。というのは、この山車を修復するのは非常に大変でした。これが日野町の日光山大明神祭礼絵巻です。ア尾さんの所にあります。1847年菊水祭の様子を描いたものです。これを見ますと、菊水祭が大変素晴らしい盛大なものだった事が分かります。ここに描かれているのが火焔太鼓です。左に黒い屋根が見えますが、これは新石町が持っていた彫刻屋台でした。その後益子町に譲渡されまして昨年133年ぶりにこちらに里帰りしました。これはその絵図を昨年の8月に二荒山会館で拝見しました。真中に助川宮司がおりまして、その先に座っているのが宇都宮美術館の谷館長、その手前が所有者のア尾秀彰さんで、その手前に増渕好次郎さんがいらっしゃいます。増渕さんのところにも、慶応3年、1867年の菊水祭の絵巻があるという事です。現在は県立博物館に寄贈されているとの事です。

皆さん火焔太鼓といったら何を思い出しますか?私は、落語ですね。5代目古今亭志ん生のひょうひょうとした素晴らしい落語で火焔太鼓と云う落語がありますが、落ちは「半鐘だけはいけないよ。おじゃんになるから」というのが落ちで、おあとがよろしい様でという事です。あとは、青木直樹さんにお願いしたいと思います。そうはいかないので続けます。一般的には、雅楽に使われています。誠に神聖なものです。後ろに一対があります。太鼓の中央には巴紋が描かれています。左側が三つ巴、右側が二つ巴、左が日形、右が月形、太陽と月を表しています。宇宙的な思想のもとにあると言えます。この写真は皆さんご存知ですか?昭和39年1964年東京オリンピック開会式の写真です。選手が整列しておりまして、後ろのバックスタンド側に一対の火焔太鼓が置かれています。正しく宮内庁の火焔太鼓です。その間を通りまして、聖火最終ランナー坂井義則さんが階段を駆け上りながら聖火台に点火しました。これは明治17年1880年1月に時の県令で三島通庸が強引に栃木町から宇都宮に県庁を移しました。その年の9月に県庁が出来上がりました。翌月の10月には3日間かけて開庁式を盛大に催しました。宇都宮は大変な負担を強いられました。ここには64組の山車屋台が繰り出しております。そういった様子を菊池愛山という宇都宮の画家が克明に描いております。またここに火焔太鼓が描かれていますが、これを見ますと先程の絵図より背が高くなっています。高欄が二重になっておりまして、二階建てになって背が高くなっております。余談ですが、県庁が書かれています。大変ユニークな県庁ですね。時計塔があって三層で六角形の建物です。おそらく三島通庸が山形から連れてきた技術者によって設計されたと思います。3年後は焼け落ちました。3年しか持ちませんでした。その県庁舎3代目、片山東熊さんが設計者です。現在の迎賓館昔の赤坂離宮を設計された方です。これも昭和11年に焼けて無くなりました。昭和13年に4代目の県庁舎が建てられました。これは明治42年1909年火焔太鼓の写真です。その後大正2年1913年、その時巡行された記録が残っています。翌大正3年1914年、第1次世界大戦がはじまった年でした。(その100年後2014年復活巡行しようとしたわけです。)その後は、行方が分からなくなりました。昭和55年に区画整理がありました。その時に渡辺家と云う所に木箱に入ったこの部材が色々見つかりました。そして維持してゆくことが出来ないという事になり、宇都宮市に寄贈してしましました。私が田巻さんから誘われたのですが、その時にはこの城址公園の清明館に飾っておりました。私も一目見てびっくりしました。大変素晴らしいものでした。そこで一句!「志ん生も、腰抜かすなり火焔山車」お粗末でした。これはその後、各所に具材が分散しておかれていました。市に預けるという事は、そんな事です。それを色々な所を探しまして、それを文星芸大の上野先生のご厚意によりまして保管場所を貸して頂きました。それを一堂に集めまして、調査している所です。左の写真は、先程の写真より前らしいのですが正面から見た写真で正しく太鼓の中央に三つ巴、日形の印があります。右側は鹿沼に屋台彫刻の第一人者がおります。彫工嘉門といって黒崎孝雄さん彼がこの図面に残してくれました。ここですぐ気が付くのは、ざっと見て30尺弱、9メートルの高さがあるという事が分かりました。例え復元しても、大通りの信号や標識が動いてくれない限り絶対に運行は不可能だと直ぐ分ります。これは高橋家がお持ちで、今は宇都宮市の教育委員会に寄贈しております。宇都宮大明神祭礼図に描かれたものです。伝馬町の山車で剣赤熊山車です。全国を探してもこの様な山車は無いという事です。おそらく宇都宮独自のものではないかと言われています。これは、御門入りです。心柱を倒して入城しました。

火焔太鼓山車は上の床板に直に万灯が載っていますので倒すのは不可能です。日輪を取れば、そのまま神社の鳥居もお城の門も潜れたのではないかと思っています。注意して頂きたいのは、一番下の部分で躯体を囲っている部分は幕仕立て、藍と茜色のグラデーションに出来ているのを見て頂きたいと思います。明治時代はどうだったのか?明治時代は、あのように大きなものでした。その時代は、もう宇都宮城はありません。これは先程の剣赤熊山車の模型を鹿沼の屋台大工宇賀神さんが作っている所です。これは車地巻きです。これにロープを巻き付けて、芯柱の下にロープが付いていて、それを巻いたり解いたりして立てたり倒したりします。これが鉄骨の躯体です。最後に組み立て実験をしようという時ですが、結局このような形にしました。真中にあるのが心柱ですが、この心柱二重構造になっていて、中の柱が上下するようになっています。これを伸ばしますと始点を軸にして立ち上がります。左についているのがモーターで、チェーンがまわって来ていました。中柱の下に車が付いていまして、それで上げ下げをする構造です。

 ・これは、2年前にオリオン通りでデモンストレーションをした時です。

 ・これは城址公園のところで、組み立て実験をしている所です。

 ・これが、立てた状態です。1メートルあげて、少し倒したところです。

 ・これは、90度倒しました。このバックオーライをしているのが、彫工嘉門の黒崎孝雄さんです。

 ・これは、太鼓を取り付けている所です。これは太鼓に持ち運び用の木枠を作りまして、それを使ってこの様な形で差し込みます。

 ・これが、木製の柱です。まっすぐ立っていれば問題ないのですが、おこしたり・倒したりする時に木ですので、縦に割れる危険性があります。特に割れが入り易い所に、鉄の帯を付けております。右は、心柱のキャップです。一番上に取り付けて細い部分には日輪の芯が取り付けられました。太鼓や枠が何故取り付けられたのか、痕跡が分かりません。そこで考え付いたのが、太鼓と太鼓枠の間にスペーサーを取り付けて持たせようという事です。右側がその図面です。一番下にあるのが、下の部分です。これを込み栓とボルトできちんと止めます。これが一対となってしっかりとまっていないと、起こしたり倒したりする時にがたつきがでます。部品が壊れる心配がありますので、そこはきちんと致しました。上にロープが付いていますが、スペンサーの両脇にボルトを付けてそれにロープを取り付けます。ピストンシリンダーの性格から言って、倒し始めと起こし終わりが一番スピードが速くなります。そこで加減してもらう事を考えました。万が一壊れた時にはと考えまして、このロープを付けました。

 ここから木製品のお話をします。真中が茶色に見えますけれど、これは二荒山神社の以前の鳥居だった材料でした。昭和21年に建てられ平成20年に新しい鳥居に変えられました。その取り替えた鳥居の材料を助川宮司様のご厚意によって頂戴出来ましたので、是非使いたいと思いましてこの様な形に変更しました。その様な訳で厳粛にお祓いをして頂きました。これは、その材料を製材した時です。材木屋さんから、すぐ来てくれと電話がありました。「余り素晴らしいので、見てくれ」という事でした。詳しくは、加藤さんがご存知と思います。赤く塗ってあるのは、こうらんです。これを塗り終り金物も鍍金といいますが、塗り終って木材も出来上がったところです。白い所は、この後漆塗りをします。ヒノキを使っていますので、実に大変でした。黒崎さんにお話しを聞き、栃木や鹿沼の山車も見てきました。そこで分かった事が2つありました。どんな大きな屋台や山車であっても、最終的には車軸に乗る訳です。更にその先は7.5cmから9cmの直径の上に車輪がはめ込められます。もう1つは、継手と言って材木と材木を合わせる事ですが、全て横からはいる様になっています。これは、伝馬町の屋台です。山車屋台は動くのが生命ですので、動く時にかかる力は、動的な応力であるという事で更に巡行が終わったら解体して木箱にしまいます。常にかかってくる長期的な加重です。重力の影響を受け難くしている事です。更に、収納・解体・取り付けという技術が伝承されていくと言えます。これは塗が終わって帰ってきたものです。ここから彫刻です。文化財の補助金を頂いて、修復しました。これは文星芸大で展示と報告をしている様子です。これは菊の修復ですが、文科省の科研費を使用しています。東京芸大の荒井教授・文星芸大の宮北先生そして黒川さんも加わって菊があたかも本物の様になりました。これは動き出したところです。動いている時は、ブレーキがかかっているのと同じです。この日は、芳賀町の屋台・本郷町の山車・祖母井の屋台が色々集まりまして、大変素晴らしい賑わいでした。この時火焔太鼓は市のものだったのですが、この時に出来上がったその他の部品も全て市に寄贈しました。これを通じて地域の一体感、お祭りは本当に凄い力を持っているのだなと感じました。色々な地域の再生をいわれていますが、この祭りというのは大きな力を持っているのではないかと感じました。

ご清聴ありがとうございました。

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【今日の料理】

松華堂弁当

ブリの照り焼き 大根 シメジ 海老

牛ステーキ かぼちゃ シイタケ ブロッコリーの鱈子マヨネーズ

里いも洋風焼 鮪 甘海老 カンパチ ホタテ

  五穀米ご飯 赤出汁

 

 

  

2014-2015年度 卓話

20153月】

 3月 3日「宇都宮の文化 火焔太鼓山車の復活から」

       藤原宏史様        ()藤原設計事務所 代表取締役所長

 3月10日「これからの企業の在り方〜公益資本主義とは〜」

       藤岡俊雄様        潟Vーエフエス 代表取締役

 3月17日「学校給食について」

       君島修様         宇都宮市教育委員会 学校健康課長

 3月24日「福島空港の利用促進について」

       五十嵐様 塩見様     福島県商工労働部

 3月31日 

 

会報委員 畑  剛司  会員

写  真 櫻井  実 会員

メールアドレス:u-rc01@silver.plala.or.jp

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